1,出会い:「クワガタ」から学ぶ人生
数年前の7月の終わりのことだった。
ちょうどその日、僕は大きな節目を迎え、開放感と若干の寂しさを抱えながら、公園を歩いていた。
そこで出会ったのが、一匹のオスのノコギリクワガタだった。
公園の光に誘われたのか、それは、ただ、普通に地面にいた。
「ノコギリクワガタとは珍しい。こんな日に出会うなら、何かの縁だ。コクワならシカトだが、ノコギリクワガタは別だ」
そんなことを思った僕は、彼を家に持ち帰ることにした。
これがすべてのはじまりだった。
初日の夜
彼を「ノコギリ クワお」と名付けた僕は、早速、彼の家を作ることにした。
しかし、残念ながら、僕の家には虫かごなんて無い。
初日は「Quick&Easy Microwave Pasta」を彼の仮の家にすることにした。
レンジでチンするだけで、パスタが茹でられる優れものだ。
半透明なので、彼の様子もよく見える。
そんな半透明の家の中で、クワおは微動だにせずに一夜を過ごした。
クワお、新築にお引越し
「あれっ、クワガタって、こんなに動かなかったっけ?」という疑問はあったが、家の問題かもしれない。
もし、家の問題であれば、悲惨過ぎる。
僕はすぐに、クワおの家を買いに行くことにした。
クワおの肉体には不釣り合いなほどの豪邸だ。
腐葉土も敷き、木も2本買ってきた。
運命的な出会いだ。
クワおには何不自由ない生活をさせてやりたい。
早速、クワおを豪邸に入れてみた。
彼は一目散に土の中に潜っていき、見えなくなった。
まあ、いい。
その気持ちはよく分かる。
僕も不釣り合いな豪邸にいきなり放置されたら、狭い部屋から動かないだろう。それに、もし、見られていたら、隠れるに違いない。
まあ、そのうち、慣れてきたら、2本の木なども活用しはじめるだろう。
しかし、そこから数日、僕とクワおの生活はすれ違いを続け、彼を目撃することは無かった。
ビバお、登場!
空の虫かごを鑑賞するだけの生活になっていた僕は、色々と思いを巡らせた。
そうか、豪邸に一人でビビったか。
それとも、でかい家に一人でゼリーを独占できる、そんな甘い環境に甘んじてしまったのか?
いや、一人ぼっちで寂しいという可能性もある。
どれが理由にしろ、クワおには仲間が必要だ。
そう思った僕は、いい年をして、虫取りにでかけた。
しかし、季節はもう8月も半ばだ。
ネットで調べると、すでに時期は過ぎ、今いるノコギリクワガタは「老いている」という。
頑張ったが、蚊に刺されるだけで、カナブンすらいない。
だが、家でクワおが待っている。
こういう時はもうあれしかない。
金で解決だ。
ホームセンターに向かった僕は、ノコギリクワガタのオスを700円ほどで手に入れた。
ビバおのデビュー
購入したノコギリクワガタは、ホームセンターの名前をとって、「ビバお」と名付けた。
ビバおはデカイ。
クワおよりも一回りデカイ。
これは期待できる。
自然界の厳しい環境ではなく、ゼリーでぬくぬくと育ったのであろう。
その堂々たる体躯、まさに純粋培養のエリートである。
彼なら、「虫かごだけ鑑賞生活」から僕を解放してくれるだろう。
早速、クワおの豪邸に、ビバおを放すと、やはり、ビバおは違う。
土には隠れず、テレビに向かって、その体躯を大きく広げ、懸命に威嚇していた。
それは僕から見ると、新しい世界にたどり着き、雄叫びをあげているようにも見えた。
いや、テレビを見ているようにも見えた。
彼はものが違う。
存分に彼の姿を堪能しながら、僕は眠りについた。
「コクワ コクワお」が加わる
ある日、テニスをしていたら、コクワがテニスコートに転がっていた。
いつもならコクワはシカトだが、すでにクワガタを飼っているのなら、話は違う。
コクワだけ飼うのは嫌だが、他のクワガタと一緒に飼うなら別だ。
僕はコクワを拾い、テニスボールの容器に入れて持ち帰ることにした。
一緒にテニスをやっていたおばさんが、コクワの入った容器をガンガン振るという試練はあったものの、コクワは無事に我が家にたどり着いた。
おばさん達はなぜか虫に対して、あたりが強い。
犬などを撫でる強さも強めである。
ただ、クワガタの方にも問題はある。
どうして、こうも無抵抗なのか。
クワおにしても、今回のコクワにしても、それまで自然界で立派に生き抜いてきたはずである。
なのに、簡単に捕まってしまう。
同じ虫でも、蚊でも、Gでも、頑張って逃げる。
だが、クワガタは、せいぜい、顎を広げるくらいしかしない。
持ち上げると「えっ?」という感じだ。
そんなんで、生き物としていいのか?
いや、逆に考えると、自然界を生き抜く知恵がそこに隠れているのかもしれない。
「なるようになるさ」それを僕に教えてくれているのだろうか?
さて、家に帰った僕は、そのコクワを、「コクワ コクワお」と名付けた。
早速、彼を虫かごに放すと、一目散に土の中に潜っていった。
まあ、そうだろう。
お前ふぜいはその程度だ。
もうあまり出会うことはないかもしれないが、いることは忘れずにおこう。
そんな第一印象だったが、コクワおは、将来、王座につくことになるのだ。
ビバ子、ビバ美、が加わる
考えてみると、オスしかいない。
クワおも、ビバおも、コクワおも、すべてオスだ。
メスがいないと、恋愛もできない。
ということで、僕はホームセンターにでかけ、ノコギリクワガタのメスを2匹500円ほどで手に入れた。
さすがに安い。
クワおと、ビバおの2匹のオスに合わせ、2匹のメスだ。
もちろん、それぞれ好みがあるだろうし、うまくいくとは限らないが、頭数だけ揃えれば、あとは彼らの問題だ。
コクワおについては、すまん。
コクワのメスなんて、売っていないのだ。
新入りの彼女たちにも名前が必要だ。
一回り大きいメスを「ビバ子」、
小さいメスを「ビバ美」と名付けた。
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