東野圭吾の片思いを読んで
東野圭吾の片思いを読んだ。図書館でフラフラしている時に前の職場にいた叔母さまが最近この本読んだわよ〜って言っていたのを思い出し、借りてみた。
内容は性同一性障害を抱える人たちの生活とミステリーとの融合のお話である。内容は重ためだ。
生物学的な性と性自認が異なることで、日常生活に不便が出ることや常に自分を騙して生きることでしか普通と呼ばれる生活は手に入らない辛さ。かといって自分に正直に生きてしまうと、世間を騙さないといけなくなる。
私は当事者ではないから、本当の意味での理解はできないけれど、この作品を見たことで私の世界の色が少し増えたような感覚がある。多様性だとか、性自認だとかLGBTであるとか、トイレはどうするだとかの公共施設の取り扱いの問題であったり、書類上の問題であったり、自治体や社会がどんな対応をしたとしてもどこからかは必ず非難の声が上がるような複雑な問題だ。
そうだとしても、忘れてならないことは男と女である以前に一人の人間であることだと思う。当たり前のことではあるが、この当たり前のことは忘れてはならない。
そして、口には出さないだけで意外と多くの人が性的マイノリティの片鱗を抱えているのではないかと思う。作品上で例えられていたように男と女はメビウスの輪の中にいるということ、つまり、環境の変化や何らかの変化によって、そっち側に傾くことは誰にでもあり得る。
とても考えさせられる作品でした。面白かったです。
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