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#60. シャーベットもシロップもお酒から? š-r-b [sherbet/syrup/शराब]

暑い日には冷たいデザートが食べたくなる。インド風アイスクリームといえばクルフィーだ。OEDにも借用語として載っているこの Kulfi という語は、もとをたどればアラビア語起源だ。ムガル帝国時代に発展した氷菓らしい。

क़ुल्फ़ी قلفی qulfī (Hindi/Urdu)
← quflī (Classical Persian)
← qufl (Arabic) “lock, bolt”

q-f-l が q-l-f にと、子音 f と l の順番がが交替してしまっている。日本語話者にとっても「クフリー」より「クルフィー」の方が言い易いので、こうなってしまったのは分かる気がする。元は「固める」あるいは「固めるための型」のことだったようだ。

氷菓といえば、シャーベットという言葉があるが、Sherbet / Sorbett / Sharbat という言葉もアラビア語が語源で、アラビア商人によってシチリアに伝わった氷菓だ。

serbet
← şerbet (Turkish)
← şerbet (Ottoman Turkish)
← šarba (Arabic) “drink”

ちなみにアラビア語の  شَرْبَة šarba “drink” は syrup と関連がある語であり、また関連語の شَراب śarāb シャラーブ と言えば「飲み物」を指すが、ヒンディー語ではずばり शराब śarāb はお酒のことだ。「飲み物」を意味するアラビア語 Sharab が主にアルコール飲料を指すようになったので、代わりにノンアルコール飲料を指す語として Sharbat が出て来るようになった。

Sharbat がペルシャ語を経由してヒンディー語に入った語彙が「शर्बत (śarbat) シャルバット」という飲料だ。シャルバットはシャーベットのように凍らせるのではなく、フルーツや花びらから作る濃厚な冷やしたフルーツジュースのこと。イスラム圏では断食明けにまず口にするものとして提供される。どちらかというと「シャルバット」はシャーベットよりもシロップに近い。当然ながらsyrupも同語源だ。

インドのスイーツは色々あるが、ムガル帝国時代の宮廷料理の影響だろうか、甘いもの、特に暑さを甘く涼むためのものはアラビア・トルコ系の影響を強く受けているものが多い気がする。甘いお菓子の製法に牛乳をこよなく愛するインド文化がブーストをかけて、クルフィー (Kulfi) や ハルワー (Halva) が生まれたのだろうと思う。ハルワーも言葉や起源は中東だが、固形だったものが南アジアではミルクやバターをふんだんに使用するためプディング状になっている。

日本のかき氷にかけるシロップと同じような使い方をする、あるいは冷たい水やミルクに入れて飲むシロップで Rooh Afza (روح افزا; रूह अफ़ज़ा) という商品が南アジアにはある。この言葉の意味も ”soul refresher" という 意味だが、Rooh は ヘブライ語で「ルーアハ」という言葉にもつながる、「魂・スピリット・生命力」を指すアラビア語だ。前述の「シャルバット」の原液として、日本のカルピス原液のように夏にはどのお家にもあったりする。

トルコ系イスラム王朝のムガル朝の影響を受けたヒンディー語には、どの程度のアラビア語語彙が含まれるのだろうか。正確に算出するのは難しく、統計対象を基本語彙何語にしぼるかの条件でデータも変わるので参考程度だが、ある意見では以下の通り。

Persian 30-40%
Arabic 10-20%
Turkish 1-5%

現代英語の基本語彙600語の起源と割合に関しては以下のようなデータがある。

Anglo-Saxon 47%
Norman French 33%
Latin 12%
Norse 4%
Greek 2%
Other 2%

このデータを踏まえると、ヒンディー語に、いかにアラビア・ペルシャ語の大きな影響があるかをイメージすることができる。ヒンディー語と言えば、サンスクリットの直系子孫というイメージがあるかもしれないが、実は現代語ではネパール語やマラーティー語以上にペルシャ・アラビア系の影響を受けていると言える。ウルドゥー語になると割合はもっと大きくなる。英語とフランス語の関係は、ヒンディー語とペルシャ語の関係に似ているところが多い。ヒンディー語を学ぶと、東南アジアにも影響のあるサンスクリット系の語彙(つまり、インド・ヨーロッパ語族の一員として、英語との比較もできる)だけでなく、中東~アフリカ~オセアニアに影響のあるアラビア語系の語彙に同時に触れることができるので、一石二鳥だ。

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