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#45. “ホイール”の語源は“コロ” *kʷel- [wheel/colony/चक्कर]

ケントゥムとサテムの比較で、印欧祖語の硬口蓋音の [*ḱ]が ケントゥムで k(h) 、サテムで s (ʃ) になる様子を見た。今回は 軟口蓋音の [*k] と 両唇軟口蓋音の [*kʷ]。

英語(ゲルマン語経由)・英語(ラテン語経由)・サンスクリット・ヒンディー語のすべてで単語が出そろっている例がなかなか見つからなかったので、あまり普段真っ先に例に挙がらないような単語を挙げるしかない。

ケントゥム語では*ḱが*kに同化し、ゲルマン語でhに。
サテム語では*kʷが*kに同化し、*ḱがs化する。

軟口蓋音の [*k]
*keh₂-/*kā は「欲っする」という根源の意味があるようだ。ラテン語の carus は「愛しい」という意味でそこから古フランス語を経由して、charity, cheer, cherish という英単語につながる。英語の whore は「ふしだらな女性」。サンスクリットの kā́ma は カーマ・スートラというように「性欲」。印欧祖語時点からの軟口蓋音の *k(ケントゥムで*ḱが合流する*kでも、サテムで*kʷが合流する*kでもない、純粋の*k)の例は意外に少ないようだ。

唇軟口蓋音の [*kʷ]
*kʷel- は「回る、回転する、動き続ける」という意味が根底にある。「輪」という意味の *kʷékʷlos が ギリシャ語の κύκλος (kúklos) になり、ラテン語を経由して英語の cycle になる。*kʷékʷlos が ゲルマン祖語になると *hwehwlą となり、古英語で hwēol, 現代英語で wheel となる。サテムのインド・イラン語派に行くと *kʷékʷlos が *čakrám になる。サンスクリットでは चक्र cakra は「チャクラ」になる。ヒンディー語の चक्कर cakkar (チャッカル) は 回る輪に関すること全般に使う。「めまい」「ごたごたに巻き込まれる」「~狂(そればかりにはまっている)」と、様々な意味に訳せるが、ぐるぐるの渦を想像すれば自ずと理解できる。ラテン語での colo は地面の上をぐるぐるしているが、サンスクリットのチャクラは浮いたものがぐるぐるしているイメージがわくのはどうしてだろう。

*kʷel- から派生したのがラテン語の colo「耕す・住む・養う・崇拝する」 で、そこから派生して英語に入った語は culture, cult, colony など。*kʷel- はサンスクリット語根の car- に繋がり、चरति carati 「歩く」など、「進行」に関する多くの語彙や、後代のインド言語の様々な語彙に派生している。

サテムで 両唇軟口蓋音の [*kʷ] が  軟口蓋音の [*k] に合流するので、ケントゥムで *kʷ, サンスクリットでも *kʷ- という語彙はみたことがない。硬口蓋音 [*ḱ] だけでなく 軟口蓋音の [*k] に合流した両唇軟口蓋音の [*kʷ] も /s, tʃ/ 化してしまっているようだ。

比較は難しい
印欧祖語語根から、それぞれの言語にどのように派生したか比較してみようと思ったが、それぞれの語族・語派で独特の音韻変化を起こしたり、前後の音の影響で必ずしも同じような変化にならなかったりするので、分かってはいたが、きれいに並べるのはやはり非常に難しい。それゆえに、white ← *ḱweytós → shveta → safed のような、意味も同じで音も規則的で繋がりがきれいに分かる例は非常にレアなのだと痛感した。次回はgの列を見る。

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