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#96. 今日のthroughより *-kʷe [-que/-gh/-च]

heldioの冒頭にある『今日の "through" 』のコーナーを聞き続けると、最後の喉音 -gh が気になってしまった。

まず through の語源は何なのだろう。もちろん hellog に載っていないわけがない。hellog #55 を見てみよう。古英語では þurh (thurh) だったものが 音位転換 によって u と r が入れ替わり、thruh のような音に変わったとのこと。(third が three になるように)

「この語は通常は強勢なしの「弱形」として発音されたが,副詞として「完全」の意味を強調したいときには強勢ありの「強形」として発音された。...そして,強形として母音が余計に挿入されたものが,後に thorough として定着した。...したがって,本来 through と thorough は一つの単語の弱形と強形にすぎなかったわけだが,後に品詞や意味が分化し,別の語として定着したわけである.強弱の差によって互いに別の語となっている他の例としては,one / a(n) や off / of などがある。」

https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2009-06-22-1.html

すでに古英語から現在の through と同じように前置詞として使われていたようだ。KDEEによると、印欧語根の *ter(ǝ)- につながる。ラテン語の “trans-” や サンスクリットの तिरस् (tirás, “through, across, beyond, over”) も同語源だ。

では今日の本題、最後の喉音 -gh はどこから来たのだろう。Wiktionaryによると、through の印欧祖語での再建形は *tr̥h₂kʷe となっていて、*terh₂- (“to pass through”) に *-kʷe (“and”) という接尾辞がついたものだ。*terh₂- は 前述の KDEE における *ter(ǝ)- で trans- ということ。 では *-kʷe (“and”) は?

英語ではこの構文はないが、ラテン語やサンスクリットで、二つのものを並列しその両方を指すときに、2つ目の単語の語尾につける接尾辞である。

Latin -que
Senatus Populusque Romanus
The Senate and the People of Rome

Sanskrit -च (ca チャ)
अविर् अश्वाश् च
ávir áśvāś ca
the sheep and the horses

古典語を修めたヨーロッパの学者がサンスクリットに触れたときに、語彙や語形変化だけでなく、こういう構文にも共通性があることを見て興奮したに違いない。

*-kʷe は並列されているものをつなげる働きがある。そして *terh₂- (trans-) の「横断する、超える」の意味と合わさる。無理矢理言い換えると「trans-both」みたいなことだろうか。こうして、複数あるものを包含・貫通するイメージが出来上がっているのだろう。

ちなみに綴りがよく似ている、接続詞の though の -gh も同じ *-kʷe から来ているようで、2つの(この場合は2つの句か?)を繋いでいる。

though
 ← ゲルマン祖語 *þauh (“though”)
 *þau (“in that case”) +‎ *-hw (“and”)
 *þau = 印欧祖語 *to- (“that”) + *-we (“or”)
 *-hw = 印欧祖語 *-kʷe

日本語でも though がカタカナ語として「ドライブスルー」などに使われるようになったが、「通り過ぎる」の意味から「スルー」は「無視する」という意味に変化しているが、-gh の部分は複数のものをつなぎ合わせる意味の名残だと思えば、通り過ぎるときに避けるのではなく、貫通・包含しながら進んでいるイメージが見えてくる。そうすると thorough と同語源なのもよく理解できる。

スルーとthroughのイメージの違い

-kʷe の音がどのように ゲルマン語に入って -f 変化するかは、ちょうど今朝の heldio でよく分かる解説が放送されている(five は なぜ fifth なのかについて)。これと併せて考えると現代では -gh は発音されないが、中英語では /x/ や /f/ とも発音されていたため、様々な綴りが残されていることが良く分かってくる。

ちなみに、five の 印欧祖語 *pénkʷe は ゲルマン祖語 *fimf → 古英語 fīf → 中英語  five, vif, fif, → 現代英語 five になる一方、インド語派では *pénkʷe → サンスクリット पञ्च (pañca パンチャ) → ヒンディー語 पाँच (pāñc パーンチ) となる。パンチャタントラやフルーツポンチの「パンチ」である。同じ音韻変化が接尾辞の *-kʷe にも起こり through の語尾 -gh は /f/ になり、接続を示すサンスクリットは -च (ca チャ) となっている。

 ・thorn (þ) の綴りのゆれ
 ・音位転換による thru と thur のゆれ
 ・前置詞か副詞かで強勢ありかなしで挿入される o によるゆれ
 ・徐々に消えゆく摩擦音のゆれ

という要素がからまり、through には星の数ほどの綴りが生まれることになるのである。

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