#96. 今日のthroughより *-kʷe [-que/-gh/-च]
heldioの冒頭にある『今日の "through" 』のコーナーを聞き続けると、最後の喉音 -gh が気になってしまった。
まず through の語源は何なのだろう。もちろん hellog に載っていないわけがない。hellog #55 を見てみよう。古英語では þurh (thurh) だったものが 音位転換 によって u と r が入れ替わり、thruh のような音に変わったとのこと。(third が three になるように)
すでに古英語から現在の through と同じように前置詞として使われていたようだ。KDEEによると、印欧語根の *ter(ǝ)- につながる。ラテン語の “trans-” や サンスクリットの तिरस् (tirás, “through, across, beyond, over”) も同語源だ。
では今日の本題、最後の喉音 -gh はどこから来たのだろう。Wiktionaryによると、through の印欧祖語での再建形は *tr̥h₂kʷe となっていて、*terh₂- (“to pass through”) に *-kʷe (“and”) という接尾辞がついたものだ。*terh₂- は 前述の KDEE における *ter(ǝ)- で trans- ということ。 では *-kʷe (“and”) は?
英語ではこの構文はないが、ラテン語やサンスクリットで、二つのものを並列しその両方を指すときに、2つ目の単語の語尾につける接尾辞である。
Latin -que
Senatus Populusque Romanus
The Senate and the People of Rome
Sanskrit -च (ca チャ)
अविर् अश्वाश् च
ávir áśvāś ca
the sheep and the horses
古典語を修めたヨーロッパの学者がサンスクリットに触れたときに、語彙や語形変化だけでなく、こういう構文にも共通性があることを見て興奮したに違いない。
*-kʷe は並列されているものをつなげる働きがある。そして *terh₂- (trans-) の「横断する、超える」の意味と合わさる。無理矢理言い換えると「trans-both」みたいなことだろうか。こうして、複数あるものを包含・貫通するイメージが出来上がっているのだろう。
ちなみに綴りがよく似ている、接続詞の though の -gh も同じ *-kʷe から来ているようで、2つの(この場合は2つの句か?)を繋いでいる。
though
← ゲルマン祖語 *þauh (“though”)
*þau (“in that case”) + *-hw (“and”)
*þau = 印欧祖語 *to- (“that”) + *-we (“or”)
*-hw = 印欧祖語 *-kʷe
日本語でも though がカタカナ語として「ドライブスルー」などに使われるようになったが、「通り過ぎる」の意味から「スルー」は「無視する」という意味に変化しているが、-gh の部分は複数のものをつなぎ合わせる意味の名残だと思えば、通り過ぎるときに避けるのではなく、貫通・包含しながら進んでいるイメージが見えてくる。そうすると thorough と同語源なのもよく理解できる。
-kʷe の音がどのように ゲルマン語に入って -f 変化するかは、ちょうど今朝の heldio でよく分かる解説が放送されている(five は なぜ fifth なのかについて)。これと併せて考えると現代では -gh は発音されないが、中英語では /x/ や /f/ とも発音されていたため、様々な綴りが残されていることが良く分かってくる。
ちなみに、five の 印欧祖語 *pénkʷe は ゲルマン祖語 *fimf → 古英語 fīf → 中英語 five, vif, fif, → 現代英語 five になる一方、インド語派では *pénkʷe → サンスクリット पञ्च (pañca パンチャ) → ヒンディー語 पाँच (pāñc パーンチ) となる。パンチャタントラやフルーツポンチの「パンチ」である。同じ音韻変化が接尾辞の *-kʷe にも起こり through の語尾 -gh は /f/ になり、接続を示すサンスクリットは -च (ca チャ) となっている。
・thorn (þ) の綴りのゆれ
・音位転換による thru と thur のゆれ
・前置詞か副詞かで強勢ありかなしで挿入される o によるゆれ
・徐々に消えゆく摩擦音のゆれ
という要素がからまり、through には星の数ほどの綴りが生まれることになるのである。