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#82. 七面鳥に名前を奪われた鳥はホウロウする *nem- [Numida/nomad/number]

シチメンチョウは英語で turkey と言う。アメリカ原産なのになぜ "トルコ" と呼ばれているのか過去の記事(#77)で見てみた。もともとよく似たホロホロチョウが turkey と呼ばれていた。トルコ経由なので turkey となったが アフリカ原産である。ではこのホロホロチョウは今何と呼ばれているのか。

現在、ホロホロチョウは guineafowl とか guinea hen と呼ばれている。元々の原産地名「ギニア」に落ち着いたようだ。ちなみに、金貨を「ギニー」と呼ぶのは、ギニアで取れた金を元に製造されたから。oed.com で各語の初出年を調べてみる。

1500年代前半 スペイン植民地化着手
1555 turkey シチメンチョウ
1578 guinea hen ホロホロチョウ
1620 ピューリタン・アメリカ上陸
1620 guinea 硬貨としてのギニー
1776 アメリカ独立
1788 guineafowl ホロホロチョウ

元々ホロホロチョウが turkey と呼ばれていた。そして、アメリカ大陸のよく似た新種と遭遇したときに、新大陸の turkey ということで indian turkey と呼んだようだ。その後、シチメンチョウの方が主流になり indian turkey の indian が取れて turkey と呼ぶようになり、それと区別して guinea hen という呼び方が現れるというのが時間的な流れのようだ。

アラビア語でシチメンチョウは直訳すると roman hen という意味の単語で呼ばれているが、イタリアのことではなく、ビザンツ帝国のことを指して「ローマ」と言ったのであれば、これもやはり「トルコ」なのだろう。なお、トルコ近辺の言語では indian turkey の indian の方が名前に採用されている。

ホロホロチョウのことをラテン語を使った学名では Numida という。アフリカ原産ということでラテン語でアフリカを指す「ヌミディア」から来ている。ローマとカルタゴの戦争であるポエニ戦争の時に、北アフリカのベルベル人の騎兵隊が大きな活躍をするが、この半遊牧集団のことをギリシア語で「遊牧民」を意味する「ノマデス」 (νομάδες) と呼んだことから、現在アルジェリアのあたりの地がヌミディアと呼ばれるようになった。アフリカではあるが地中海沿岸の地名が、遠く離れた中央アジア以南に生息する鳥の名称につけられているのだ。ちなみに「アフリカ」という名称はカルタゴ(現チュニジア)の辺りの土地を指していた。

寒さに弱かったのであまりヨーロッパでは飼育されず定着しなかったためか、ホロホロチョウだけが turkey と呼ばれていた期間はあまり長くなかったのかもしれない。guinea henという言い方はかなり早く出て来ている。それで、turkey と言ってもホロホロチョウのことを思い出すことはないのかもしれない。

ホロホロチョウの学名 Numida の元になった「ヌミディア」の語源について。

νομάδες
← νομᾰ́ς (nomás) 遊牧
← νομός (nomós) 放牧地
← νέμω (némō) あてがう +‎ -ός (-ós).
← *nem- (PIE “to assign, allot; take”)

英語の nomad の語源にもなっている、「遊牧民」を意味するギリシア語「ノマデス」 (νομάδες) は、「割当・分割・取り分・取る」を意味する印欧語根 *nem- から来ている。

*nem-には、「規範」を意味する νόμος (nomos) や、応報の女神 ネメシス Νέμεσις (Nemesis) と言う語が繋がっている。nomos からは、学問の分野を意味する -nomy (-学、-法) と言う語尾が派生している。また、数字を意味するラテン語 numerus (英語の number) もつながりがある。「取られる」と言う語形から、感覚がなくなり麻痺すると言う意味の numb もこの語根から派生している。

割当・分割」を意味する *nem- がどうして「遊牧」という意味になったのかが不思議だ。季節ごとに「決まった放牧地」の間を移動する「移牧」という方法がバルカン半島では昔からあったようだ。こうした放牧のために割り当てられた土地のことだったのだろうか。あるいは、「家畜に草をあてがう→牧夫が出かける→移牧する」ということだからだろうか。

古代ギリシャの農耕牧畜の習慣について知りたいと思った。

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