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#79.【希語メモ#2】 ドドっと来る援軍 *dʰew- [βοηθός/धावक]

英語におけるギリシャ語の語彙はラテン語を経由して借用されていることが非常に多い。印欧祖語に遡って共通の語根が再建されているものもあるが、ヘレニック語はゲルマン語よりインド・イラン語の方に語根を共通とする語彙がある場合の方が多いような気もする。今回注目する語は

[Hebrews 16:3] βοηθός (boēthós) "assistant, helper, aider"。「助け手・援助者」だが、「叫び声を聞いて駆けつける」という意味があるようだ。

βοηθός
← βοηθόος
← βοή (boḗ, “shout, call”) +
  ‎ θοός (thoós, “swift”, from θέω (théō, “run”)

βοή
← 印欧語根は不明
  おそらく「叫び声」を表した音か?

θέω (théō)
← earlier θεϝ- (thew-)
← *dʰew- (PIE) “to run, flow”
  同じ語根のサンスクリットは धावति (dhā́vati, “to run, to fly”) で、そこからヒンディー語で「走者」を意味する धावक (dhāvak) という語彙が出ている。

Wiktionary で *dʰew- とされている語根は おそらく KDEEでの *dheu-¹ であろう。 KDEEによると *dheu- に連なる英単語は flow、関連するヒンディー語および英語への借用語は धोबी dhobi (洗濯人) とある。flowについては今回は追わない。

धोबी dhobi は サンスクリットの語根 धाव् (dhāv) に行き当たるが、上記の धावति (dhā́vati) も同じ語根から来ている。川で धोबी dhobi が洗濯しているところを見た人は想像できると思うが、洗濯物を叩きつけて洗う。サラッと洗うより、勢いよく洗い流すという意味があるのだろうか。いずれにしても *dʰew-/*dheu- という語根には「ダーッ」という音象徴が隠れているような気がする。

英語の dash も意味と音が同じように思う。Wiktionaryでは 印欧語根が *dʰew- で形の上では同じようだが、項目も意味も違う別の語根のようだ。KDEEの *dheu-² にあたると思われる。

同じ「走る」でも ヒンディー語 दौड़ना (dauṛnā)、サンスクリット द्रवति (drávati)、ギリシャ語 δράω (dráō) 、印欧祖語の *dréwh₂-eti (“to run, act”)、印欧語根 *dreh₂- (“to run”) と再建される別の語がある。*dreh₂- は動きがあることに注目し、*dʰew- は勢いに注目する、という違いなのだろうか。

まとめ
βοηθός (boēthós) の覚え方は、「ビエ~ン」という叫び声を聞くなり「ダダッ」と駆けつけてくれる人のこと。

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