#56. 氷の花・水の花 *h₁eyH- [ice/यख़/یخ]
暑い日が続くとアイスクリームやかき氷が食べたくなる。以前に ラテン語で「白」を意味する語について比較したときに、印欧語根 *sneygʷʰ- [snow/nivea/नेहा] について触れた。では、ice の語源はどんな語根で、どんな別の単語とつながっているのだろう。子どもが つらら の本を読んでいたので気になって調べてみた。
ice
← is (ME)
← īs (OE)
← *īs (Proto-West Germanic)
← *īsą (Proto-Germanic)
← *h₁eyH- (PIE) “ice, frost”
この語根 *h₁eyH-/*eis- につながるヒンディー語は、イラン祖語 *Háyxam 経由で ペルシャ語系単語の यख़/یخ (yax) がある。冬に咲く花の木で「ロウバイ(wintersweet)」というのがあるが、そのペルシャ語名が gol-e yakh (گلیخ) で、字義的には「氷の花」だ。「蝋梅」も「氷花」も冬の花を咲かせる木の名前にふさわしいネーミングだ。対して「水の花」गुलाब/گلاب (gul-âb) が「バラ」なので、まとめて覚えておきたい。
日常のヒンディー語では雪も氷も区別せず、बर्फ़ (barf)で両方指すことができるが、もとのペルシャ語では برف (barf) は雪の意味がメインのようだ。イラン祖語 *wafrah (“snow”)、インド・イラン祖語 Proto-Indo-Iranian *wapras を経て *h₂wep(h₁)- (“to scatter; to harass”) という印欧語根から来ているようだが、これに繋がる英単語は evil らしい。KDEEでの語根は *wep-.
なぜ「邪悪」と「雪」が関係あるのかと思うが、語根 *h₂wep(h₁)-/*wep- は「散らす」という根底の意味があるようで、ゲルマン語派では「散らすようにひどく扱う」動作に注目し「悪い *ubilaz→*ubil→yfel→yvel, evel, ivel, uvel→evil 邪悪」という意味が派生した一方、イラン語派では「散ったものがぱらぱらと積もった *wapras」結果の様子に着目し「雪 *wafrah→*vafrah→barf」という意味に派生したようだ。
インドで雪と言えばヒマヤラだが、Himalaya とは हिम (hima, “snow, frost”) + आलय (ālaya, “house, dwelling”) いわば「氷室」という意味だ。インド・アーリヤ祖語 *źʰimás、インド・イラン祖語 *ȷ́ʰimás を経て遡り、印欧祖語 *ǵʰimós (“cold, frost”) が再建されているが、印欧語根 *ǵʰey- (“winter”) につながる英単語は特にみつかりそうにないが、古代ギリシャ語の χεῖμᾰ (kheîma) “winter, frost, cold” などと関連があるようだ。
ゲルマン語派、イタリック語派にはないが、インド・イラン語派やヘレニック語派あるいはスラヴ語派には共通するものがあるという単語も多い気がする。ギリシャはゲルマンやイタリックよりもペルシャに近いのではと感じることもあったり、各語派に共通で残っている語彙は意外に少ないのでは、と思ったりする。
KDEEでは、iceの語根 *eis- について「ゲルマン系以外の言語では...Aves.を除いて同根語が見られない」との解説があった。流氷に覆われたバルト海やノルウェー海に到達したゲルマン民族がこの語を保持していたと言うことだろうか。アヴェスタに残っているのは、イラン高原やヒンドゥークシュの高嶺にある万年雪を見ていたためだろうか。できるものならその当時に生きていた人たちに聞いてみたい。
ところで、 印欧語根 *h₁eyH- “ice, frost” もこれまた、冷たい風のオノマトペの「ヒューヒュー」に近い気がしてならない。