#142.【語源クイズ】「作る」ことに関する言葉の語源
問.次の単語のうち、語源的に仲間外れなのはどれでしょうか。
① fiction
② fact
③ effect
④ fashion
途中の経由地をすっ飛ばして端的に答えから言うと① fiction は ラテン語 fingō (“to form, mold, shape”) から来ているが、② fact ③ effect ④ fashion はラテン語 faciō (“do, make”) から来ている。ということで ①が仲間外れだ。非常に意味の範囲が近い2種類のラテン語の語で、音も似ているが、印欧祖語も別の単語で起源が異なるようだ。
ラテン語で fとなっているものが、印欧祖語で dʰ と再建されるのは、音が違いすぎて驚くかもしれない。これはイタリック祖語の初期には θ だったからのようだ。(f ← θ ← dʰ という変遷)これを念頭に置くと、意外な単語が同根となっているのに驚く。faciō と fingō の意味の違いを、関係する語を参照しながら、比較してみよう。
Fingō
ラテン語 fingō (“to form, mold, shape”) は、イタリック祖語(初期)では *θingō、印欧祖語では *dʰeyǵʰ-/*dheigh- (“to mold, to knead”) だったと再建されている。
これはゲルマン語派につながると、ゲルマン祖語 *diganą、古英語 dāg、つまり現代英語の dough とつながる。
*dʰeyǵʰ- はサンスクリットの देग्धि (degdhi) という動詞につながるようだが、意味が「“to anoint, smear, plaster” 油や薬や石膏を塗ったり、広げたり」ことや「“to increase, accumulate” 広げる・集める」ことに関連があるようだ。一見バラバラな意味だが、パン生地をこねたり、押し延ばす動作を想像すれば統一したイメージができる。
देग्धि (degdhi) に関係するサンスクリットで現代ヒンディー語でも使う語は देह (déha) で、意味は「“body, form, figure, shape” 身体・肉体」だ。印欧祖語 *dʰeyǵʰ- から ラテン語 fingō そして figūra、古フランス語 figure を経由して、英語の figure になる経緯を考えると、 देह (déha) に “figure” という意味があるのが理解できる。有形・具体的な触れることのできる「体」を指すのだ。よって、figure とदेह (déha) は起源を同じくする同じ意味の語となる。
ということは、fiction と figure は同語源ということにもなる。fiction の ラテン語 fictiō は fingō (to form, shape) に名詞化語尾 -tiō (-ing) がついた形だが、ラテン語でもすでに「創作・虚構」という意味があったようだ。
気になった*dʰeyǵʰ-/*dheigh- につながる語は “paradise” だ。もともとペルシャ語からギリシャ語経て英語に入った語だが、どういう経緯で「捏ねる」が「楽園」になったのか、後日追ってみたい。
Faciō
ラテン語 faciō (“do, make”) は、イタリック祖語(初期)では *θakjō、印欧祖語では *dʰh₁k-yé-ti だったと再建されている。*dʰh₁k-yé-ti の語根は *dʰeh₁- /*dhe- (“to put, place, set”) だ。この語根につながる、特にラテン語 facio に関する語は多い。
これがゲルマン語派につながると、ゲルマン祖語 *dōną、古英語 dōn、つまり現代英語の do とつながる。don/doff の例からも感じとれるように「put」のニュアンスを含んでいる。それで、*dʰeh₁- は、何か新しいものを作ったり、質の違うものを提出するイメージが根底にあるように思う。doom や -dom 、あるいは -fy ともつながりがあるが、執行する・実行することで、結果がもたらされる(目の前に置かれる)ことのイメージがあるように思える。
印欧語根 *dʰeh₁- はサンスクリットの崇敬の念を意味する श्रद्धा (śraddhā́)という単語の中に現れるが、*dʰeh₁- 単独での単語はないようだ。श्रद्धा (śraddhā́) は 印欧祖語の *ḱred dʰeh₁- に対応。*ḱred=心、 dʰeh₁-=置く
fashion は非常に多義的な単語だ。服装などの流行・はやりの型を指すが、「形づくる」という根本が分かれば、派生する意味をつかむのが容易になる。
次回は「生み出す」に関連して、1語から意味上分化した同音異義語について考えてみたい。