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#64. 残り物はバクバク食べるな *bak- [bacteria/peg]

食中毒には要注意!食中毒の原因になる菌に色々あるが、鶏肉の場合、カンピロバクターというものがある。この「カンピロ」とは?

Campylobacter
ギリシャ語の καμπύλος (kampúlos, “bent, curved”) +‎ βακτηρία (baktēría)、つまり「曲がった細菌」という意味だ。

医学用語のギリシャ語は、もちろんその語彙そのものは当時存在していなかった。古典ギリシャ語をもとに新ラテン語で造語されたもの。新ラテン語 (New Latin) とは、ルネサンス・ラテン語(15世紀~16世紀)の後の 17世紀~19世紀頃に 科学的用語として使用されたラテン語のこと。それで、英語の Campylobacter は直接的には 新ラテン語からの借用、究極的には古典ギリシャ語ということになる。

カンピロ の κάμπτω (kámptō) は、印欧祖語の *kh₂emp- (“to bend, curve”) から来ている。とすると、campus や change と言った語彙とも関連がある。*kh₂emp- の「曲げる」という意味が「変える・交換する change, cambio (西語)」につながっている。「曲げる」というのが「角を削って滑らかにする」というニュアンスなので、形を変えるというイメージにつながるのだろうか。campus については過去記事へ。

○○バクターで有名なものといえばもう一つ、ヘリコバクター・ピロリ菌がある。

Helicobacter
ギリシャ語の ἕλιξ (hélix, “anything assuming a spiral shape”) +‎ βακτηρία (baktēría)、つまり「らせん型の細菌」という意味だ。

ヘリコバクターの意味の切れ目は「ヘリコ」+「バクター」なので、ヘリコプターは「ヘリコ」+「プター」になるはずなので、「タケコプター」は本来、「タケプター」が正しいのでは?という話はこちらの記事で。ちなみに heliport という英単語もちゃんと辞書に載っているので、helicopter を heli + copter と異分析しているのは日本語だけではないのかもしれない。  

ヘリコの εἷλῐξ (heîlix) は印欧祖語 *welH- (“to turn”) につながり、ねじれるという意味で「ileusイレウス(腸閉塞)」とつながる同語源の単語だ。

では「バクテリア」とはどういう意味か。元になったギリシャ語 βακτηρία (baktēría) の意味は “staff, cane” つまり「棒状のもの」。印欧語根 *bak- は 棒・杖・こん棒の意味があるようで、テントを張るときの釘やくぎを意味する 英語の peg も同語源だ。

すこしややこしいが、英単語の Campylobacter や Helicobacter の -bacter は直接 ギリシャ語の βακτηρία から来ているが、英単語の bacteria は ギリシャ語 βακτήριον を元にしたラテン語の bacterium の複数形 bacteria から来ている。βακτήριον (baktḗrion) は、指小辞の -ιον (-ion) がついた形だ。○○バクターには "細" という意味は含まれていないが、バクテリアは "細"菌という意味だ。

βακτηρία (baktēría)[棒・枝] +‎ -ιον (-ion)[小] =  βακτήριον (baktḗrion) [小枝] →  bacterium (単数) → bacteria (複数形)

「バクテリア・細菌」のヒンディー語訳は जीवाणु (jīvāṇu) で、जीव (jīv, “生物”) +‎ अणु (aṇu, “微細・微塵”) と、そのままの訳だ。微生物と同じ意味になりそうだが、微生物 (microbe) は सूक्ष्मजीव (sūkṣmajīvā) となっている。सूक्ष्म (sūkṣma) も "微細" を意味するが、サンスクリット語彙の趣がなんとも言えない。これらの語彙がどこまで実際の学校教育の現場で用いられているかわからないが、ネイティブなら意味は分かるはずだ。既存の語彙を組み合わせて作られた語彙は、それまで培ってきた文化との連続性を断絶させないためにも重要だと思う。

料理したものを、あたたかい部屋に長い時間置いたままにすると細菌が増えるので注意!また、ごはんやおやつを食べる前にはかならず手を洗うよう習慣をつけよう!

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