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#127. 「F」の文字は最初[w]の音を表していた

古英語でせっかく1文字で表していたÞ,þ(thorn)やÐ,ð(eth)をやめて2文字の組み合わせであるTHにしたのは、中英語期にフランス語・ラテン語的な綴りを取り入れたからだった。

ラテン語で「CH, PH, RH」というように、「H」を他のアルファベットにつけて綴る方法は、ギリシャ語の綴りを転写するときに現れるが、「H」を添える方法はラテン人が始めて試みた方法ではないかもしれない。

現代では「F」の文字に対して /f/ 以外の発音は考えられないが、実は最初は(ラテン人がお手本にしたエトルリア文字では)、「F」は /w,v/ の音を表し、/f/ という音を指すには「FH」と書いていた。

Fの字は最初はW音だったというと一見衝撃的だが、h-f-w-v の辺りは唇が少しつくかつかないか、喉がちょっと震えるか否かの微妙なタッチの摩擦と流音の狭間で、非常に近い音なので、実は入れ替わりや同一視が激しいポイントだ。インド系文字でvがない文字(wがあるのだが、bと発音してしまう)で、b

Fが/f/と発音されるまでの歴史を簡単に振り返ってみよう。

1.フェニキア文字:𐤅 [wāw] /w/

2.古代ギリシア語:Ϝ [wāw] /w/

古代ギリシア語:Ϝ[wāw]→イオニア・アッティカ方言では/w/音が消滅し、Ϝは使われなくなった。ガンマ(Γ)を二つ組み合わせたという意味の「ディガンマ」と呼ばれ、数字を表すだけの記号として残った。

古代ギリシア語:Η[ēta]→古くは子音/h/を表したが、東部イオニア方言やクレタ島の方言ではこの子音が消滅し、イオニア式アルファベットでは母音を表す。一部の方言では/h/音が残っていた。

3.エトルリア語:ϜΗ [wāw+hēta] /f/
ギリシャ語になかった/v/を表す文字を、使われなくなっていたϜを使って表した。そして/f/の音を綴るために新たに Ϝ(w)+Η(h) の組み合わせのϜHを使うようになる。

4.ラテン語:F [ef] /f/
ラテン語では/v/は不要なのでエトルリア語のϜH(WH=/f/)のFだけを取って /f/の音を表すようにする。ちなみにラテン語文字のVは/ū/の音。現在 Juliusと綴る名前はIVLIVSと綴っていた。

ラテン人はエトルリア語の「Ϝ=/v/, FH=/f/」は簡単に改変したのに、ギリシャ語に対してはHをきちんと付けようとする敬意と言ったら凄い。英語のルーン文字に対するそっけなさとラテン語・フランス語への憧れと似ているところがある。

エトルリア人が「f」に当たる文字がない状況で、一生懸命「w」と「h」を駆使して「f」を表す表記を編み出したことは、/f/の音を「ファ」と綴るのに似ていて面白い。英語をなんとか自分流でカタカナで「フヮ」と書いているおじいちゃんを見ているようでかわいい。

#4461. なぜ は1子音に対応するのに2文字なの? 前     次     hellog〜英語史ブログ #4461. なぜ は1子音に対応するのに2文字なの?[sobokunagimon][th][consonant][digraph][thorn][grapheme][runic] 2021-07-14  学生から寄せられた,素晴らしい素朴な疑問.なぜ は2文字なのに1つの子音に対応しているのか,なぜ専用の新しい1文字を用意しなかったのか,という問いです.  英語の という綴字,およびそれに対応する発音 /θ, ð/ は,きわめて高頻度で現われます.英語で最高頻度の語である定冠詞 the をはじめ,they, their, that, then, though など,"th-sound" はなかなか厄介な発音ながらも英語のコアを構成する単語によく現われます.英語学習者にとって,攻略しないわけにはいかない綴字であり発音なわけです.("th-sound" については,th の各記事で取り上げてきたので,そちらをご覧ください.)   が表わす無声の /θ/ にせよ有声の /ð/ にせよ,発音としてはあくまで1子音に対応しているわけなので,綴字としても1文字が割り当てられて然るべきだという考え方は,確かに頷けます.1つの子音 /t/ に対して1つの子音字 が対応し,1つの子音 /f/ に対して1つの子音字 が対応するのと同じように,1つの "th-sound" である /θ/ あるいは /ð/ に対して,何らかの1つの子音字が対応していても不思議はないはずです.ところが,この場合にはなぜか と2文字を費やしているわけです.綴り手としては,高頻度語に現われるだけに, を2文字ではなく1文字で書ければずいぶん楽なのに,と思うのも無理からぬことです.  標題の問いがおもしろいのは,英語史上の重要な謎に迫っているからです.実は,古英語・中英語の時代には,ずばり "th-sound" に対応する1つの文字があったのです! 2種類用意されており,1つは "thorn" という名前の文字で <þ> という字形,もう1つは "edh" という名前の文字で <ð> という字形でした.前者は古代のゲルマン諸語が書き記されていたルーン文字 (runic) から流用したものであり,後者はアイルランド草書体 に横棒を付けたものが基になっています.いずれも古英語期には普通に用いられていましたが,中英語期になって <ð> が廃れ,<þ> が優勢となりました.しかし,同じ中英語期にラテン語やフランス語の正書法の影響により,英語の同子音に対して2文字を費やす の綴字も台頭してきました.そして,中英語期の末期には,印刷術の発明と普及に際して が優先的に選ばれたこともあり,1文字の <þ> はついに衰退するに至ったのです.この辺りの経緯については,「#1329. 英語史における eth, thorn, の盛衰」 ([2012-12-16-1]),「#1330. 初期中英語における eth, thorn, の盛衰」 ([2012-12-17-1]) をご参照ください.  標題の素朴な疑問の根底にある問題意識は「なぜ は2文字なのに1つの子音に対応しているのか,なぜ専用の新しい1文字を用意しなかったのか」ということでした.英語史的にみると,実はひっくり返して問う価値のある重要な問題なのです.つまり「"th-sound" に対して古英語・中英語では1文字の <þ>, <ð> がせっかく用意されていたのに,なぜ近代英語期にかけて2文字からなる にわざわざ置き換えられたのか」という疑問となります. [ ツイート!function(d,s,id){var js,fjs=d.getElementsByTagName(s)[0],p=/^http:/.test(d.location)?'http':'https';if(!d.getElementById(id)){js=d.createElement(s);js.id=id;js.src=p+'://platform.twitter.com/widgets.js';fjs.parentNode.insertBefore(js,fjs);}}(document, 'script', 'twitter-wjs'); | 固定リンク | 印刷用ページ ] Powered by WinChalow1.0rc4 based on chalow user.keio.ac.jp

それにしても、『研究社 英語語源辞典』にはフェニキア文字も載っている!

印欧祖語語彙の印欧比較に加えて、フェニキア文字の発展の印欧比較の新シリーズも、どこかでやってみたい。

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