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#66. メタルとミネラルはおにぎりで *áyos [ore/era/अयस्]

こどもが深海や火山について興味を持ち始めた。残念ながら語源トーク爆発の恐竜の世界には興味がないようだ。最近、聞かれた質問は宝石金属の違いは何か。ダイヤモンドとグラファイトと同じものが鉛筆にもあることを知って心を躍らせている姿がかわいらしい。

子供向けの挿絵ではキラキラの宝石そのものが地中に埋まっているように描かれるが、そんなことはないのだが…。では、宝石と鉱石、鉱物と金属はなにが違うのか。こどもに説明するのが一番の勉強になる。学術的に正確かも大事だが、誤解のない範囲で子どもにもわかる簡単さでざっくり説明したい。

おにぎりで説明するのがいいらしい。

岩石:Stone/Rock
   色んなもの全てが入り混じったもの
   (おにぎり全体)
鉱物:Mineral
   色んな種類の粒
   (米粒や様々な具)
鉱石:Gems
   人間にとって有用なもの
   (好きな具だけがたくさん集まっている)
宝石:Jewel
   鉱石を美しく加工したもの
   希少性を強調するなら precious stone。
金属:Metal
   不透明で輝く光沢がある。
   常温で個体(水銀は例外)
   曲げ伸ばしできる。電気が通る。

共通:これらはすべて無機物(琥珀は例外)

鉱石と金属の違いはひとことで言うのは難しい。鉱石は地質学の用語で、天然のものを指すことが多い。鉱石・鉱物は溶かしたりすると鉱物とは呼ばなくなるようだが、金属は溶かして加工しても金属だ。というのは金属は元素に注目した用語だからだ。金属の鉱石や鉱物、岩石というのもあり得る。宝石とは呼ばないのは透明度がないからか?よく金属光沢というが、反射する光のスペクトルも鉱物と金属で何か違いがあるのだろうか。重さについては金属の方が断然重いと思われる。

また塩も天然で結晶化した岩石に含まれるものを取り出せば鉱石と呼び、鑑賞用に加工すれば宝石と言ってもいいのかもしれない。ただそこまですることがないからミネラル(鉱物)として一番良く知られている。

やはり金属と鉱石の違いを説明するには元素の話は避けて通れないか...。それはもう少し大きくなってからにするとして、今の理解力でこどもに一番分かりやすいのは、曲げたり伸ばしたりできるかどうかという点だろう。鉛筆やグラファイトはできないので金属ではない。(黒鉛と日本語で言うが、鉛筆にも黒鉛にも鉛は入っていない。

原子の世界の知識が深まる近代以前からも、太古の昔から人間は金属と鉱石を感覚的に分けていたはずだ。metal と mineral の語源から何か分かるだろうか。

mineral (鉱物)
← mineral (中英語)
← mineral (古フランス語)
← minerale (中世ラテン語)
← minera (ラテン語) 原鉱
← mina (ラテン語) 原鉱, 鉱山
← *mēnā (ゴール語) 〃
← *mēnis (ケルト祖語) 〃
← *mēy(H)nis (PIE)
← *(s)mēy(H)- (PIE√) “to cut, hew”

鉱山・埋蔵・採掘に関連する mine も ラテン語の mina に行き当たるようだ。また、同じ印欧語根から派生したゲルマン系の語彙は smith だ。mine や smith に共通したイメージは「ぶっ叩く」。そうやって掘削して得られる物が mineral ということだろうか。ローマ帝国下ではスペインが最重要採掘地域だったので、ケルト語が由来なのも不思議ではない。では、metal はどうだろうか。

metal (金属)
← metal (中英語)
← metal (古フランス語)
← metallum (ラテン語) “metal, mine, quarry, mineral”
← μέταλλον [métallon] (ギリシャ語) 〃

ギリシャ語・ラテン語では、メタルもミネラルも大体同じような意味のような気がする。ギリシャ語の μέταλλον の由来は「掘削」に関わる語かもしれないが、定かでない。

金属というと光沢のイメージがあるので、光り輝くことに関する意味が metal, mine には絡んでいるのかとおもいきや、そうではなく掘削ということが起源になっているようだ。ラテン語では metallum という語彙は、掘削して得られる物の中でも特に金や銀など貴金属を指す語としてすでにあったようだ。

もうひとつ注目したい語は ore (原鉱)。

ore (原鉱)
← or, oor (ME)
← ōra (OE) “unwrought metal” と
   ār (OE) “brass, copper, bronze” の混合。
ōra は ear (OE) “earth” から
ār は
← *aiʀ (西ゲルマン祖語) “bronze”
← *aiz (ゲルマン祖語) “copper, bronze, ore”
← *áyos, h₂éyos (PIE) “metal, copper, bronze”

ore の語根 *ayos はサンスクリットのअयस् (ayas) “metal, copper, iron, iron weapon” とほぼピッタリの語彙だ。(orにeがつくのは3文字規則!) अयस् (ayas) あるいは अयस्क (ayaska) は ore と全く同じように原鉱を意味する。この語は明らかに他の鉱物とは別に金属そのものを表している語彙のように思う。

印欧祖語の昔から、金属を他の鉱物と区分する感覚はあったのではないかと思わされる。しかし、英語では金属を意味する語はゲルマン語のarやorではなくギリシャ・ラテン語の metal が使われるようになった。そちらの方が箔がつくからだろうか。

なお、この金属を意味する *áyos は ラテン語にも入っている。イタリック祖語 *aos → ラテン語 aes (単数形) で意味は “piece of metal, money, brass”。その複数形は aera だが、aera は 「青銅製の計算機」を指するようになる。そして、数えるものつまり「年代」の意味で aera は用いられるようになり、英語の era となった。KDEE にも "brass counters" と載ってはいるがそれ以上詳しい説明はない。想像するに恐らくこの Roman Abacus のことではないだろうか。

*ayos からの英単語はもうひとつある。それは estimate 。ラテン語で銅を意味する aes ("copper, bronze") + *temos ("cut") で、「銅貨を造幣する者」から、aestimāre “to value” つまり estimate という動詞ができた。

ore の 印欧語根 *ayos- は そのまま サンスクリットの अयस् (ayas) / अयस्क (ayaska) に対応しているが、mineral や metal という語彙はインド語派では何と言うのだろう。

mineral に相当するヒンディー語は खनिज (khanija) だが、元のサンスクリットでの意味は、鉱山から採掘された金や銀のことを指している。खनि (khani) は 鉱山や掘削に関する語根だが、この語根 खन् は恐らく「掘る」ことに関わる インド・イラン祖語の *kanH- (“to dig”) から来ている。さらに遡るとおそらく 印欧祖語の *kenh₂- (“to be pleased, enjoy”)、印欧語根 *keh₂- (“to like, wish”) につながる。英語の同語源は charity, cheer, cherish など。欲する→探し求めて掘る→採掘資源→金属・鉱石 という流れだろう。

metal に相当するヒンディー語は धातु (dhātu) だが、意味は少し挙げるだけでも「層・地層・要因・原子・金属・鉱物」など広がりすぎてつかみどころがない。Skt धातु (dhātu) は印欧祖語に遡ると *dʰéh₁-tu- (to do, to put, place) となる。同じ語根 *dʰeh₁- (“to do, put, place”) からの英単語は do, deed, deem, doom など多数あるが、その中でも注目したいのは factor という語だ。(この語も effect, affect と並んで *dʰeh₁-から派生しラテン語周りで英語に入って来た語で dʰ→θ→f と変化している。)धातु (dhātu) は factor と同じように、現象の背後、奥深くにある原因・因子を指す語なのではないだろうか。それがどうして金属なのかというと、地層の奥深くから出てくる物質だからということではないだろうか。

धातुの意味

語源を紐解くと、意外にもmineralやmetalといった語彙が出来上がる過程で、学術的に鉱物か金属かを思わせるような、決定的な意味の違いは感じられなかった。いずれの語彙にも、地中を探索し掘削すると出てくる貴重な物というイメージが共通していた。

鉱物と宝石の違いを考えて気付かされたのは、「塩」も労苦して掘削し求めるべき「鉱石」のうちの一つだということ。スーパーで精製されたサラサラのものしか見ない世代にとってはそうでなくとも、塩はれっきとした貴重な宝石だったのだ。おにぎりに塩をふるときにはそれを思い出したい。

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