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#61. ウルチはどこから? *wariñci [rice/व्रीहि/うるち]

毎日のご飯に欠かせないお米。"rice" の語源はサンスクリットと言われている。

rice
← rys (ME)
← ris (Old French)
← riso, risi (Old Italian)
← rīsus (Latin)
← ὄρυζα [óruza], ὄρυζον [óruzon] (Greek)
← 何らかの東イラン系言語
← blnc, *brinǰ (Middle Persian)
← व्रीहि [vrīhi] (Skt)

単純化すると、語頭の v が b や o になり、最後に欠落し、h が s に変わって、vrihirisrice となったわけだ。イタリア語のRisotto も 分解すると riso +‎ -otto となり、もちろん riso は rice のことだ。スペイン語の arroz は ギリシャ語 ὄρυζα (óruza) 由来のアラビア語  Arabic أَرُزّ (ʔaruzz, “rice”) 経由で、アンダルシア方言 الرَّوْز (ar-rawz) を介して入って来たようなので、アラビア語由来の単語特有の、語頭 al- がついている。

ではサンスクリットの व्रीहि (vrīhi) はどこから来たのか。印欧祖語ではないようだ。諸説あるようだが、タミル語で வரி (vari) や அரிசி (arici) と言い、ドラヴィダ祖語の *wariñci  から来た説もある。ちなみにこれが「うるち」の語源とする見方もあるようだ。他には、ムンダ語派を始めベト・ムオン語派やモン・クメール語派などが含まれる、オーストロアジア語族の言葉が起源とする説もあるようだ。米の原産地がインドのアッサム地方から中国の雲南省にかけての山間との説が有力なので、この地方に残るオーストロアジア語族の言葉が起源となっていても不思議ではない。

インド亜大陸の食文化はざっくり分けると北・西部は麦、南・東部は米だ。北部でももちろん日常的に米を食すが、インド文化お得意の牛乳と米文化が合わさると、キール खीर (khīr) [Skt क्षीर (kṣīrá)] という、米に牛乳や砂糖、ドライフルーツなどを加えたデザートが生み出されたので、北部ではサイドメニューに使われることも多い。断食文化があるこの地では、病み上がりや断食後に(特にイスラム教の断食明けの甘い料理のなかのメニューとして大いに)食される。日本では、お米に牛乳をかけて甘くすることに抵抗がある人は少なくないかもしれないが、料理として提供すべき豆を煮詰めて甘いお菓子にした餡子も同じことなのでおかしなことではない。

スイギュウを使った水田稲作の風景は東南アジア特有のものに感じるかもしれない。しかし意外かもしれないが、スイギュウの個体数はインドが最も多く、南インドに行くとスイギュウが水田で働いているところを見ることができる。ウシという語もちゃんと区別があり、Water Baffalo = भैंस (bha͠is)、ox/bull = बैल (bail)、cow = गाय (gāy) となっている。神聖視されるウシは コブウシなので、スイギュウを使役しても問題はない。

コブウシ
गाय (gāy)
 Skt गो (go)
 印欧祖語 *gʷṓws "cattle"
 cow と同語源
スイギュウ
भैंस (bha͠is)
 Skt महिष (mahiṣa)
 印欧祖語 *meǵh₂s-ó-s "great"
 mega-, much と同語源

過去に、ヨーロッパにアラビア・ペルシャ経由で伝わったインド発の単語のうち、印欧祖語ではない英単語について挙げた。特にドラヴィダ語起源と思われるものについて (例 candy)。印欧祖語話者が入って来る前からインド亜大陸に住んでいた人たちがいたが、ドラヴィダ語話者以外にも、前述のオーストロアジア語族の人たちもいた。現在でもインド国内に、ムンダ語やサンタル語として残っている。

ヒンディー語で日常的に使う語彙でもサンスクリット経由のムンダ語が入っていることがある。शकुन (śakun) "omen"、कम्बल (kambal) "blanket"、तिल (til) "particle, sesame" など。ムンダ語起源のサンスクリットの भेड्र (bheḍra) "ram" は、ヒンディー語の मेढ़ (meṛh) "ram" や भेड़ (bheṛ) "sheep" という言葉の元になっている。ちなみに भेड़ (bheṛ) "sheep" の 変化形が भेड़िया (bheṛiyā) という語で、なぜか意味は "wolf"。ゲルマン語が大好きな wolf の印欧祖語 *wĺ̥kʷos につながる サンスクリットの वृक (vṛ́ka) という語がちゃんとあるのに、オオカミのことを日常では「羊 भेड़ (bheṛ)」の指小辞の भेड़िया (bheṛiyā) と言う。これはなぜか知りたい。

他にもおそらくオーストロアジア語起源と思われる語彙で、サンスクリットに取り入れられ、アラビア・ペルシャを経由してヨーロッパに伝わったものと言えば、व्रीहि [vrīhi] "rice" の他に、जङ्गल [jaṅgala] "jungle"、निम्बू [nimbū] "lemon, lime" などがある。ヨーロッパでもインド・ヨーロッパ語でない言語があるように、インドにもインド・ヨーロッパ語やドラヴィダ語でない他の言語もたくさんあり、意外なところでその語彙が世界中に広まっているのだ。

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