#143. パラダイスとドーナッツは同語源 *dʰeyǵʰ- [dough/paradise]
【衝撃】paradise と doughnut は同語源だ。
厳密に言えば、doughnutではなく、doughだ。
実はこれもサテム語とケントゥム語の対応。
ケントゥム語 ḱ →サテム語 s,ch,shもそうだが、
ケントゥム語 ǵʰ→サテム語 z, j のパターンもある。そう見れば確かに、dough の dog の部分が paradise の dis の部分と呼応している。
dough
中英語 dow, dogh, dagh
古英語 dāg
ゲルマン祖語 *daigaz
印欧祖語 *dʰeyǵʰ- (“to knead, form”)
生地のdoughについては過去にも何度か触れた。
dairy [dey+ery / dey←*daigijǭ (*daig+*-ijǭ) / *daig←*dʰeyǵʰ-]
lady [←hlǣfdīġe←hlāf+dīġe / dīġe←dǣġe←*daigijǭ…]
paradise
←中英語 paradis, paradise, paradys
←古英語 paradīs
←古フランス語 paradis
←ラテン語 paradīsus
←ギリシャ語 παράδεισος (parádeisos)
←イラン祖語 *paridayjah = *pari + *dáyjah
ギリシャ語の παράδεισος はペルシャの果樹園や王立の狩猟公園を指して言ったのが初めのようで、アヴェスタ語の𐬞𐬀𐬌𐬭𐬌⸱𐬛𐬀𐬉𐬰𐬀 (pairi.daēza)から、イラン系の言語からの借用とされているようだ。セプトゥアギンタ訳聖書(ヘブライ語聖書のギリシャ語翻訳版)では「エデンの園」の訳語としてあてられている。よって パラダイスとは、字義的には壁や柵で囲われた庭園のことなのだ。
アヴェスタ語
𐬞𐬀𐬌𐬭𐬌 (pairi, “around”) + 𐬛𐬀𐬉𐬰𐬀 (daēza, “wall”)
*pari (“around”)
←インド・イラン祖語 *pari-
←印欧祖語 *per- (before, in front)
*dáyjah (“wall”)
←インド・イラン祖語 *dʰáyȷ́ʰas
←印欧祖語 *dʰeyǵʰ- (“to knead, form”)
ペルシャ語の「城・要塞」دژ [diʒ] も 印欧祖語 *dʰeyǵʰ- と関連があるとみられる。肝心の、印欧祖語 *dʰeyǵʰ-「作る」が、イラン系の言葉で dez, diz「壁を作る」ことにつながるもっと確固たる資料があればよかったのだが、なかなか資料が少ない。ペルシャ語の原義では diz は防御や保護のための構造物 (防壁) を指した。確かに、泥土で子どもが遊ぶと城壁を作りがちだが...。
どうやらこのペルシャ語の意味(diz = fort)と、前述のギリシャ語の例(παράδεισος はペルシャの果樹園や王立の狩猟公園)から、印欧祖語で *dʰoyǵʰhos は “wall” を指していると確定してもいいようだ。そして、その語根は *dʰeyǵʰ- (make, do)だと再建されているようだ。