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#109. ジャッカルの故郷【動物名の語源】

「ジャッカル」という語の起源はどこだろう。

同じイヌ科のキツネと間違えやすいが、キツネは群れをつくらず、ジャッカルは群れで行動する。

アジアのジャッカルと、アフリカのジャッカルは種類が違う。アジアのキンイロジャッカルはバルカン半島から中東そして南アジアにかけて生息している。パレスチナの荒野を描いた聖書の表現や、動物を擬人化した寓話集のパンチャタントラのキャラクターとして物語によく登場する動物だ。

英語に jackal と言う単語はフランス語を通して入ったが、たどるとペルシャ語語を介してサンスクリットの शृगाल (śṛgāla) に遡る。

jackal
← フランス語 chacal, chacale, checale, schakal, ciacale
← トルコ語 çakal
← ペルシャ語 شغال (šağâl)
← サンスクリット शृगाल (śṛgāla)

そこから先を印欧祖語にたどろうとするが、印欧祖語とは関係がなく BMAC (バクトリア・マルギアナ考古文化複合) の基層言語からの借用とも考えられている。BMAC は アーリア人などの侵入によって消えたとみられる、中央アジアに存在した文化集団だ。

サンスクリットの शृगाल (śṛgāla) から派生したジャッカルを指すヒンディー語は सियार (siyār) だ。そして同じ शृगाल (śṛgāla) から出た、二重語の शेर (śer) はライオンやトラを指す。そう言えば、サンスクリットでライオンを意味する सिंह (siṃha) も、印欧祖語で *sinǵʰós と再建こそされているが、ヨーロッパ言語とのつながりが確認できず、中央アジアのいずれかの基層言語からの借用ではないかという説もあるようだ。

ヒンディー語でトラを意味する बाघ (bāgh) は、サンスクリットの व्याघ्र (vyāghra) から来ているが、これも、印欧祖語の理論的再建形 *wih₁-h₂oh₂ogʰró-s があり、*weyh₁- (“to chase, pursue”) + *h₂o-h₂o-gʰr-ó-s [ *gʰer- (“yellow, orange”)] という説明もありはするが、ヨーロッパ言語とのつながりはよくわからない

ネコを意味する बिल्ली (billī) は、サンスクリットの बिदालिका (bidālikā[雌猫])および बिडाल (biḍāla[雄猫]) から来ているが、ドラヴィダ語からの借用のようだ。サンスクリットの नेत्रपिण्ड (netrapiṇḍa) が「目」と「猫」の両方の意味があるように、「目」を意味していたドラヴィダ語 (タミル語 விழி viḻi) が「猫」も意味するようになったらしい。英語でもオオヤマネコを意味する lynx の元になったギリシャ語の λύγξ (lúnx) が、暗闇の中で「光る」眼に関係しているのと似ている。

そんなふうにネコはドラヴィダ語から来ているのに対し、イヌ कुत्ता (kuttā) の究極的語源はサンスクリットにも見当たらず、ドラヴィダ語でも、オーストロアジア語でもない、BMAC の 基層言語だったのではないかと言われている。

他にも、BMAC に由来するとみられるサンスクリットの単語は

फाल (phāla) ploughshare 鋤
इन्द्र (indra) Indra 帝釈天
गन्ध (gandhá) odor, smell, fragrance 香
क्षीर (kṣīrá) milk →「キール」
कुमार (kumāra) youth, young person 青年
नग्नहु (nagnáhu) yeast →「ナン」
उष्ट्र (úṣṭra) ラクダ, 水牛それに引かせる牛車

などなど、現代ヒンディー語でもよく使う生活に密着していて、いかにもインドの農村を思わせるような単語ばかりである。

アーリア人の進路途上にあった中央アジアは昔から民族移動の十字路だった。イラン系で言えばスキタイ人やソグド人。スキタイ人は黒海北岸を回りギリシャ文明に攻勢をかけて恐れられた。ソグド人はシルクロードの流通を担っていた。テュルク・モンゴル系諸民族も中国・ヨーロッパ・インド各方面に侵出し帝国を打ち建てた。要所であるがゆえに大国の勢力拡大の通り道に位置し、紛争の前線にもなって来た。近年ではイギリス帝国とロシア帝国の戦略的抗争の舞台に、そして米ソ対立の実戦場となったゆえに今の今まで続く内戦に苦しんでいる。

現在の荒廃した状況だけを見れば辺境の地だが、言葉の中に取り込まれ蓄積された欠片が、消えて行った諸民族の姿を僅かだか見せてくれているようにも思う。ドラヴィダ語やオーストロアジア語など現存する言語があれば、基層言語について辿る足掛かりになるが、BMAC の担い手の言語は手がかりがない。バスク語のように、カシミールに孤立した言語として残っているブルシャスキー語との関係も考えられている。南アジアに見られる能格構文の起源との関わりも興味がそそられる。

動物名の語源を探ると、単語の有無だけでその言語話者集団がどの経路をたどって移動したか探ることはできないのだが、その言語話者がたどってきた歴史の一端を垣間見ることができるような気がして面白い。


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