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#70. 北極圏の鳥獣たち *ḱerh₂- [reindeer/horn]

ライチョウ (ptarmigan 1599) も北極圏の生き物だ。ブリテン島ではスコットランドにのみ飛来する。ptarmigan の由来はスコットランド・ゲール語の tarmachan だ。それが英語に入った時、ギリシャ語で「翼」を意味する πτερόν (pterón) の接頭辞 ptero- からの類推で、ptarmigan と発音しない p が挿入された綴りになってしまった。tarmachanの語源は不詳だが、古アイルランド語の tórmach、遡って印欧祖語の *meh₂ḱ- (“long, to raise”) と関連づける説がある。

北極圏と言えば、日本語名が「ホッキョク...」とつくものが多い。ホッキョクグマ (polar bear 1648) はその代表例だ。英語でも同じような命名方法だ。実は ice bear という言い方もある。ドイツ語 Eisbär, オランダ語 ijsbeer, デンマーク語・ノルウェー語 isbjørn, アイスランド語 ísbjörn ではこっちの言い方をしている。カナダのエスキモー系民族のイヌイットが話すイヌクティトゥット語では nanook、エスキモー祖語でも *nanu- (“polar bear”) とそれそのものずばりの言葉があるのに、印欧語にはホッキョクグマそのものをずばり一言で指す語はなく、bear に付け足して造られている、ということを比較すると、印欧祖語の時代にはまだホッキョクグマに遭遇していなかったのだろうなと想像した。

北アメリカのムース (moose 1614) の語源は東アルゴンキン語で mus, moos から来ている。アルゴンキン祖語で *mo·swa の意味は、“it strips” 木の皮を剥いで食べることから来ている。日本語名は「ヘラジカ」で、「○○シカ」をベースに造った語彙だが、ムースを直接見ている現地民は、他の動物の名前を借りずそれそのものを指す語を持っている。

馴鹿と漢字で書くトナカイという語はアイヌ語が由来だ。英語で reindeer (c1440) だが、手綱の rein とは関係がない。中英語で rayne-dere や reynder という綴りもあったが、polar bear のように分かち書きではなく reindeer と続けて1語だ。古ノルド語 hreindýri から来ているが、hreinn だけですでにトナカイの意味がある。古英語にも hrān という語があったようだが置き換えられてしまった。KDDEでは hreinn は *ker- (“horn”) に遡るとされる。deer は昔は「四つ足の生き物」程度の意味、これは アシカの語源が 葦鹿 とされるのに似ている。

トナカイの生息地はブリテン島周辺ではなく北極圏なのだが、古くから知られていたということが興味深い。北部が北極圏であるノルウェーから来た古ノルド語の影響かと思うが、古英語の時代からあるようなので、ゲルマン祖語話者がバルト海に達した頃にその周辺に生息していたのだろうかと想像を掻き立てられる。北アメリカ大陸で生息する個体は、カリブー (Caribou 1609) と呼ばれる。東部アルゴンキン諸語の一つミクマク語からフランス語に入った語で、意味は (“to shovel snow”)。

もちろん、ヒンディー語にはこれらの動物を指す語はない。英語からの借用か、ptarmigan なら तीतर (tītar) ヤマウズラと言う言葉を使って表す。तीतर は遡ると Skt तित्तिर (tittira) だが、ラテン語 turtur ヤマバトと言う語と、印欧語根 *teter (“grouse”) でつながっている。ptarmiganのtarmachanもこの鳥がクルクルと鳴くようなオノマトペ起源ではないかと言う説もある。

それにしても、racoon, moose, caribou どれを取っても、アルゴンキン語話者はよく生態を観察して名付けたのだなと感動する。

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