#83. マイコプラズマの語源 *meug- [mycoplasma/meek/moist]
マイコプラズマ肺炎が流行っている。うちの子たちもかかってしまった。また夜中に救急に走り回ったりゲロの処理をしたりなどに追われるのだが、やはり語源が気になってしまう。
myco-
← μύκης (múkēs, “mushroom or other fungus”)
← *mewg-, *mewk-, *meug- (PIE “slip, slime”)
もともとはキノコやカビを指す語で、印欧語根の意味は「ぬるぬる」した感じを表すようだ。「meug」という音がなめこや納豆のオノマトペとして使われても外れてはいない気がする。そんなイメージに繋がるかもしれないが、*meug- を語根とする語に meek や moist がある。
“to let loose, release, to slip away, escape, flee” を意味する語根 *(s)mewk-と繋がりがあるとすると、関連するサンスクリットは मुञ्चति (muñcati, “to release, let loose”)や मुक्ति (mukti, “freedom, liberation”) があるようだ。となると タダの مفت (muft, “free of charge”) や解脱を意味する मोक्ष (mokṣa) も関連してくる。
plasma
← πλάσμα (plásma, “something formed”)
← πλάσσω (plássō, “to form, mold”) + -μα (-ma)
← ? uncertain origin
マイコプラズマは細菌の一種だが、細菌とは構造が少し異なるらしい。一般的な細菌は細胞膜と細胞壁の2種類で体が囲まれているが、マイコプラズマは細胞膜のみ。細胞やゲノムも非常に小さくてウイルスに近いが、細菌のように自己増殖する。
マイコプラズマは実は真菌ではないことが後で分かるが、命名された当初真菌と思われたので、「菌」を意味するギリシャ語(原義は「カビ・キノコ」)の マイコ (myco-) という接頭辞がついている。しかし分類的には細菌のようだ。
ざっくりした対応を整理すると、
マイコ → 菌(真菌)
(真核生物・核を持つ・細胞膜と細胞壁)
myco-
Greek μύκης (キノコ・カビ)
バクテリア → 細菌
(原核生物・核がなく核様体・細胞膜)
bacterium sg.
bacteria pl.
-bacter 接尾辞
Greek βακτηρία (棒状のもの)
ウイルス
(細胞がない・核酸・脂質膜)
virus
Latin vīrus (毒)
という感じのようだ。マイコプラズマは「マイコ」とついていながら真菌ではなく、しかも細菌の中でもウイルスに近い存在のようで、名前と本当は合っていない。
ではプラズマとは何だろう。「プラズマ」は色々なところで聞く語だ。電離気体のことも、血漿のことも plasma というので、plasma とは原義では一体何なのか気になっていた。
血液で考えるなら、血液の主要な成分(赤血球、白血球、血小板)を除いたもの、つまり血漿ということになる。物理で言うと、固体・液体・気体と並ぶ物質のもうひとつの状態のことだ。物質にエネルギーを加えて行くと個体→液体→気体と順に活性状態になるが、それよりさらに上の活性(電子が分子・原子から離れる)状態がプラズマだ。
ギリシャ語の πλάσμα (plásma) は「(~の形をした)もの」あるいは「物」という原義なので、何かの中間あるいはそれではない「何かのようなもの」「まぜこぜの状態」ということのようだ。意味が取りにくいと思うが、もともとそういう状態や物を指す言葉だったのだ。
マイコプラズマは「キノコかカビか、いや真菌かと思ったが、実は細菌でウイルスに近いなんかそんなやつ」という意味だったのだ。