#91. キビ・モロコシキビ・トウモロコシ(トウキビ)は全部違うもの~雑穀の比較 *yéwos [Java/Zea/ज्वार]
家の近くの畑でトウモロコシのような穀物が実っていた。でも粒が小さい。これはモロコシだ。モロコシは「高黍」とも書き、「黍」は「キビ」と読む。
モロコシはもともとモロコシキビと言われていた。確かに粒が似ているが、キビではない。モロコシキビの立っている姿はトウモロコシに似ている。トウモロコシをトウキビという。
これら3つは違うものだ。
・キビ
・モロコシキビ=モロコシ
・トウキビ=トウモロコシ
キビと名前がつくものでもキビではないものがあるように、ヒエと名前がつくものでもヒエでないものがある。インドで良く食されるトウジンビエはヒエではない。似ているキヌアはキビでもヒエでもアワでもない。世界には本当にたくさんの穀粒の種類があるのだと感動する。英語では雑穀をすべてひっくるめて millet という語しかない。勿論、"xxxxx millet" と他の語と組み合わせた名づけはあるのだが。
インドでは雑穀類にちゃんと名前がついていて日常的に分けて認識されているが、英語や日本の語彙では結構雑に捉えているように思う。いつもどれがどれだったか混乱していたので、一度整理したいと思っていた。
雑穀の原産地は中東やインド方面が多く種類も豊富なようだ。それを反映してか、サンスクリットの起源が印欧祖語に辿れない(もしかしたらドラヴィダやオーストロアジア系の言葉だったのかもしれない)し、各地方によって言い方が異なる。
今回の調査で気がついたのは、印欧語根の *melh-/*mel(ə)- に繋がる millet は 小さい粒の穀物全般を指し、*yewos は 大きい粒の穀物を指すということ。
*melh- はもともと "beat, grind" を意味している。脱穀の様子からなのか、すり潰した後に残る粒子のように小さいからなのかはわからないが、grind つまり粉砕と関係がある。うち叩く「木槌」の mallet や 「ひき臼・製粉」の mill もこの語根に繋がる。
大きい粒の穀物を指す印欧祖語 *yewos は ギリシャ語では スペルトコムギを指す ζειά (zeiá) となり、ラテン語でも 同じく スペルトコムギの意味の Zea となる。ここからややこしいが、大粒ということで トウモロコシを指す学名を新ラテン語で Zea とつけてしまった。それで トウモロコシの学名は Zea mays である。
mays は恐らくトウモロコシを意味する スペイン語の maíz から 来ているが、元はカリブ海のタイノ語から来ている。英語の maize はスペイン語 maíz から。なお、英語の corn は大粒の穀物を指していたが、Indian corn (「新大陸産大粒穀物」の意)がクリッピングで corn だけになった。今では corn と呼ぶだけでトウモロコシを指すようになった。
大きい粒の穀物を指す *yewos は サンスクリットにはいると यव (yava) となり麦の穀粒を指すようになった。そこから 麦の穀粒のような形をしたもの यव+आकार (yava+ākāra) ということで यवाकार (yavākāra) という言葉ができた。これは モロコシを指す。それが訛って現代では ज्वार (jvār) となる。インド食材店で「ジョワール」として売られているものだ。ジョワールはソルガムとも表記される。Sorghum はイタリア語 Sorgo から形成した 新ラテン語だ。Sorgo とは元をたどれば 「シリアの」という意味だ。
大粒の穀物を指すサンスクリット यव (yava) は、ジャワ島の Java の語源と言われている。「大麦の島」を意味する यव-द्वीप (Yavadvīpa)。
英語では 雑穀は基本的に millet という語で表す。ヨーロッパに雑穀の種類が全然なかったわけではないと思うのだが、痩せた土地には雑穀ではなくジャガイモの方を植えるようになり、食習慣とともに細かな語彙は消えて行ったのだろうか。
日本各地には雑穀の名前がつく地名もたくさんある。吉備はキビ(黍)、阿波はアワ(粟)だった。稗田とか粟生という地名もある。米や麦類と共に 稗・粟・黍 も昔はよく食べられていただが、違いが感覚的に分からなくなるほど、今は日常では見かけなくなってしまった。
インド料理というと「ナンとカレー」のイメージしか連想されない場合も多い。少し知っている人なら、中央アジア文化により近い北西は小麦、南東は米が多いということを知っているかもしれない。でもそれだけでなく、トウモロコシ・モロコシ・ソバなどの穀物の粉で作ったロティ/チャパティ(=平たいパン)やクッキーのような焼き菓子も日常的に食されている。トウジンビエはあまり日本ではなじみがないが、インドでは बाजरा bājrā と言って、小麦・米・トウモロコシに次ぐほどよく食されている。インド・アフリカではとても重要な穀物だ。
(https://www.kokumotsukagaku.com/dataimge/1661942175.pdf)
豆類を穀物に含めるかの議論もあるようだが、インドではヒヨコマメ चना (canā) はとても重要だ。Skt चण caṇa はドラヴィダ語起源のようだ。インドの食材の語源は印欧祖語に遡るものよりもドラヴィダ語から来ているものが多いような気がする。ヒヨコマメはスープやダールに入っているだけでなく、粉にした बेसन besan ベサン粉は小麦粉と同じように使われ、グルテンフリー食材としてとてもよい。
栄養価もある雑穀をもっと食べるようにしようと思った。
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