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#97. カビorカタ?―moldの語源 *med-/*meug-
金型の mold と黴の mold は同音異義語である。金型が入った木箱にカビが発生したトラブルを報告するのに、同音異義語がぶつかってややこしくなってしまった。
金型の mold は model や module と同じようにラテン語の modulus から来ている。中英語で l と d が入れ替わってしまう「音位転換」が起きた。
mold
← molde (Middle English)
← modle, mole (Old French)
← modulus =
modus “measure; manner, way”
+ -ulus (diminutive suffix)
← modus “measure, manner, mood” (Latin)
← *modos “measure” (Proto-Italic)
← *mod-ós “measure” PIE
← *med- “to measure” PIE√
ラテン語の modus から「量る」ことと「形」が関係しているニュアンスが伝わる気がする。かたちが定まらないものを型に合わせることで見える「形」にし、定量にすることで比べて「量る」ことができる、またその「手法」のことを指すということだろうか。*med-を語源とする語に、remedy, medical, accomodate, modify, modestなどがある。きちんとハマるように整えるイメージがピッタリくる。
ちなみに、*med- が入るギリシャ語人名がたくさんある。Andromeda は ἀνήρ (anḗr, “man”) + μέδω (médō, “rule over”) + -η (-ē)「人を支配する」、Ganymede は γάνυμαι (gánumai, “I rejoice, I am glad”) + μήδεα (mḗdea, “thought, intention”) 「喜ばれるように取り計らった」、Medusa はずばり μέδω (médō, “rule, protect”) 「支配・保護する者」という意味のようだ。rule もそうだが、計測と支配は密接にかかわっている。
一方、カビの mold はラテン語からではなく英語本来語のようだ。
mold
← mowlde (Middle English)
mowlen, moulen の過去分詞
← mygla
"to grow mouldy or musty" (Old Norse)
← *muglōną (Proto-Germanic)
(diminutive and denominative of
*mukiz 'soft substance')
← *mewk- (“slick, soft”) PIE√
中英語期に、元々「カビが生える」という動詞 mowlen, moulen の過去分詞 mowled が名詞として逆生成されたようだ。*mewk- という語根はどこかで見た気がした。そう、マイコプラズマの「マイコ」のギリシャ語 μύκης (múkēs) の語源で、ヌルヌルしたものを指す語根 *meug- だ。
マイコと聞くとキノコを思い浮かべそうだ。実のところ、キノコは植物ではなく菌類の一種でカビの仲間である。なお、一部のカビは人体に対し有毒な毒素を生成するが、その毒を総称してマイコトキシンと呼ぶ。キノコ毒というよりカビ毒だ。菌類が、胞子から発芽して菌糸になり集まった状態を見ているのがカビで、それが成菌として目に見える大きさの子実体(植物のような複雑な構造)になったのがキノコなのだ。もちろん、すべての菌類がキノコになるわけではない。
また、カビには fungus (pl. fungai) という語もある。fungus や mold という語彙が生まれた時代に、現代のような分類研究が進んでいたわけではないので、どこから mold でどこから fungus なのかは語源的区別は生物学的区別とは異なるだろう。分類学的には キノコもカビではあるが、ラテン語 fungus の語源は ギリシャ語 σπόγγος (spóngos) つまり「スポンジ」で、地面からニョキッと生えてフワフワしたキノコというイメージがあるのは間違いない。なので、fungus は キノコ(菌類)、mold は カビ(菌類)として覚えていて良いだろう。