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#81. ライン・ドナウ・エイヴォン・インダスはみな同じ意味 *srew- [Rhine/stream/rhythm/स्रोत]

bank の多義性について前回語源から考えた。周辺の単語 "river" の語源も参考になる気がした。"river" は *h₁reyp-/*rei- (“to scratch, tear, cut”) という語根に関わる。river の原義は浸食されてできる「土手」だったのだとすれば、"bank" の 語根 *bʰeg- (“to turn, curve, bend, bow”) からも土手と言うニュアンスが出て来てもおかしくない気がする。ヨーロッパの河川は蛇行して浸食する姿が基本なのだろうかと思えた。いずれにしても river は元は川沿いの土地のことだったらしい。

river
← ryver (Middle English)
← rivere (Anglo-Norman)
← rīpāria (Medieval Latin, “riverbank”)
← rīpārius (Latin, “of a riverbank”)
← rīpa (Latin “river bank”)
*h₁reyp- (PIE, “to scratch, tear, cut”)

面白いことに river は、似た綴りのラテン語 rīvus (“stream”) とは関係がない。rīvus に関係があるのはライン川 Rhine である。

Rhine (English)
← Rine, Ryne (Middle English)
← Rīn (Old English)
← Rīn (Middle & Old High German)
← *Rīn (Proto-West Germanic)
← *Rīnaz (Proto-Germanic)
← Rēnos (Gaulish)
← *reinos (Proto-Celtic)
← *h₃reyH-/*rey-/*srew-/*sreu-
  印欧語根 (“to move, flow, run”)

Rhine ライン、Danube ドナウ、Avon エイヴォン、Indus インダス...すべて元は「流れ・川」という意味なので、「~川」とつけると「川川」と言っていることになる。rhine を一般名詞として扱うこともできるので "The Rhine" で「ライン川」となるのも納得だ。

Rhine は "rh"という綴りなのでギリシャ語由来なのかと思いきや、ケルト系のガリア(ゴール)語由来だった。ギリシャ語かぶれの綴り "rh" をラテン語に取り入れて Rhenus と綴り、ドイツ語がそれを取り入れて "Rhein" と綴り、それを英語が取り入れて "Rhine" となったようだ。

ただ、やはりギリシャ語の「流れ ῥέω (rhéō)」も同語源なので、"rh" がつく単語、diarrhea, rheumatic, rhythm と同語源だ。同語根に繋がる単語は、英語の stream、サンスクリットの स्रवति (srávati, "to flow, stream ") や ヒンディー語の "source, origin" を意味する स्रोत (srot) や सोता (sotā) だ。

ついでに他の「川」の名前も語源を見てみよう。

Danube
← Danby (Middle English)
← Danube (Middle French)
← Danube (Old French)
← Dānubius (Latin)
←*Dānowyos, *Dānu (Proto-Celtic)
← *déh₂nu (“river, river goddess”) 印欧語根
 *dʰenh₂- (“to set in motion; to flow”) と関連

英語の発音で「ダニューブ」と聞くとピンと来ない。「ドナウ」という読みはドイツ語から来ているからだ。インド神話でのダーナヴァ族の母「ダヌ」の名前も *déh₂nu と関係するようだ。दानु (dā́nu)は 神格化された川の名前のようで、サンスクリットで “a drop of liquid, dew, fluid”、アヴェスタ語で “river” の意味のようだ。

Avon
← *aβon (Proto-Brythonic, “river”)
← *abonā (pre-Proto-Brythonic)
← *abonos (Proto-Celtic) genitive singular
← *abū (Proto-Celtic, “river”)
← *h₂ep-h₃ō ~ *h₂p-h₃nés 印欧祖語
← *h₂ep- (“water”) 印欧語根

"abu" が水というと、アヴェスタ語やサンスクリットでも水を "ap" という。「薔薇」を意味する "gulab" は "gul-(花)+ab(水)" 「水の花」という意味。また地名の "Panjab" は "panch(5)+ab(川)" という意味(英語的に Punjab とも綴る)。

Indus
← Indus (Latin)
← Ἰνδός [Indós] (Ancient Greek)
← hiⁿduš (Old Persian)
← *hínduš (Proto-Iranian)
← *síndʰuš (Proto-Indo-Iranian)
← सिन्धु [síndhu] (Sanskrit)
← *síndʰuṣ (Proto-Indo-Aryan)
← *síndʰuš (Proto-Indo-Iranian, "river, stream")

Aryaという言葉同様、Sindhuという語を印欧祖語まで遡っている資料が見つからない。印欧祖語からインド・イラン語派が分かれた後の語彙なのだろうか。先住民の言語(基層言語)からの借用なのだろうか。いずれにしても、イラン高原から峠を越え、広い平原に出て来たアーリア人にとってインダス川はこれまでに見たものとは違う、行く手を阻む大川として目に映ったに違いない。

Ruhr (ルール川) は ラテン語 rubro gilum (“red brook”) から来ているようだ。rubro はラテン語で「赤」を意味する。gilum は ケルト系の言葉のようだ。

rubro (Latin)
← *ruðros (Proto-Italic)
← *h₁rudʰrós (“red”) 印欧祖語
← *h₁rewdʰ- (“red”) 印欧語根

ライン・ドナウ・アヴォンはすべてケルト語からだ(ルールはラテン語名の後ろ半分)。こうした地名にケルトの痕跡がわずかに残っているところが、ブリテン島だけでなくヨーロッパ各地にあるようだ。

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