#100. ケントゥムとサテム「100」の語源 *ḱm̥tóm [hundred/century/सौ]
印欧祖語ファンとして100に関する話といえば勿論「ケントゥム語とサテム語」である。
まずは英語から印欧祖語へ遡ってみよう。
印欧祖語での形は *ḱm̥tóm とされる。印欧祖語からゲルマン祖語への変遷で重要なのは「グリムの法則」だ。*p *t *k は *f * þ *h に置き換わるので、*ḱm̥tóm の語頭 ḱ が h に変わり、ゲルマン祖語では *hundą となった。では hundred の -red はどこから来たのだろう。
ゲルマン祖語で *hundą に *radą が足される。*radą は 「列・並び」といった意味の *radō の中性形で「数える」ことに関わる語のようだ。明確な裏付け資料はないが、同音異義語の hund (犬) があったためはっきり分けるために「数の」ということを示す語尾がついたのだろうかと想像してしまう。
なお、*hundą は 現代のように 明確な 100 という数ではなく、漠然と大きな数字を指していたようだ。印欧祖語の *ḱm̥tóm という形も 10を意味する *déḱm̥t の変形 *dḱm̥tóm から来ているとされる。大きな数を表すときに 百の百倍・千の千倍・万の万倍などという表現をするが、比較的大きな数を十の十倍と言ったような表現なのだろう。
10 を意味する *déḱm̥t に含まれる ḱm̥t は、10本の指がある手を指し、印欧祖語で「手」は *ḱomt だったのではないか、という推測がある。それに基づくと、ゲルマン祖語の *handuz (“hand”) は 印欧祖語 *ḱomt につながることになるが、 *handuz は 印欧祖語起源ではないとも考えられている。
hundred (Modern English)
← hundred (Middle English)
← hundred (Old English)
← *hundaradą (Proto-Germanic)
*hundą (“hundred”)
+ *radą (“count”)
a neuter variant of *radō (“row, line, series”)
← *hundą (Proto-Germanic)
← *ḱm̥tóm (PIE)
← *dḱm̥tóm
← *déḱm̥t
← *ḱomt (“hand”)?
「ケントゥム語群」という名前の由来になったのは、ラテン語の centum だ。英語の cent (1ドルの100分の1)や century (百年紀・世紀) など、100に関わる語につながっている。フランス語史は全く分からないのでざっくりだが、古典ラテン語では /ke/ と発音していたが、俗ラテン語期やロマンス諸語の発達の頃には口蓋化して /t͡ʃe/や /sɑ̃/などとなり、英語では /se/ と発音されるようになる。英語は「ケントゥム語派」なのだが、ロマンス語を介した借用語で /k/の音が /s/となることがよくあり、ケントゥムだったかサテムだったかわからなくなることがある。
centum (Latin)
← *kentom (Proto-Italic)
← *ḱm̥tóm (PIE)
その口蓋化が印欧祖語から早い段階で起こり、分岐した語群を「サテム語群」という。インド・イラン語派のアヴェスタ語で 100 を sata というところから取られている。satem と語尾がなっているのは 単数対格だからであるが、centum と語呂を合わせるため用語としては satem という形が採用されていると思われる。
satem (Avestan)
← satəm (男性単数対格)
← sata
← *catám (Proto-Iranian)
← *ćatám (Proto-Indo-Iranian)
← *ḱm̥tóm (PIE)
口蓋化は /k/ から一足飛びに /s/ になるのではなく、まず /t͡ʃ/ になり、それが /ʃ/ そして /s/ になっていく時間的順序なのが自然ではないかと思う(ラテン語の ce の読みが ケ→チェ→セ となるように)ので、サテム語というよりチャタム語かシャタム語としておいた方が、インド語派を知っている人にとっては理解がしやすかったかもしれない。というのは、サンスクリットでは印欧祖語の ḱ が /t͡ʃ/ や /ʃ/ になった形がよく見られるからだ。サンスクリットでは 100 は शत (śatá シャタ) となる。
शत śatá (Sanskrit)
← *śatám (Proto-Indo-Aryan)
← *ćatám (Proto-Indo-Iranian)
← *ḱm̥tóm (PIE)
インド語派のサンスクリットで /k/ から /t͡ʃ, ʃ/ とたどった口蓋化は、プラークリットに下るとさらに /s/ へと変遷する。शत (śata シャタ) は सौ (sau ソー) になる。イラン語派のペルシャ語も口蓋化を /k/ から /s/ へとたどった (ペルシャ語で 100 は صد sad)。その2系列の単語が現代ヒンディー語にはある。100に関係する単語は、
सौ (sau) 100
शत (śat) 100
शताब्दी (śatābdī) century
सदी (sadī) century
「シャターブディー」は大都市間の特別急行列車の名前にもなっている。
hundred と century と सौ (sau) とशताब्दी (śatābdī) は似ても似つかないが、確かに同語源なのである。