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#102. Franklyのフランクとは?人種・言語名由来の形容詞の語源

以前「地名に由来するが、その由来を知られていない単語」シリーズを受けて、特産品と共に世界へ広がった地名由来の物品名は調べてみたが、frankly(フランク人のように=率直に)や Byzantine(東ローマ/ビザンツのように権謀術数の)と言った語が触れられていたことがずっと気にかかっていた。

ある地方の名前が物品名になっていても、それはただ原産地を示しているに過ぎない。しかし、評価にかかわる形容詞として使われている場合、その土地の人たちの気質に対する固定観念先入観や憧れ、また多くの場合、差別的な意図が現れていることに気づく。

プラスの意味の語彙は残るのは当然だと思うが、侮蔑的な意味で使われる語彙はどうだろう。ポリティカル・コレクトネスの観点から、その名称を背負う人がいなかったり、実在の地名・民族名との関係を連想しない場合には使用することに後ろめたさがないので頻度が高く残りやすい。一方、その名称を今でも背負う人がいたり、関連が連想される場合には使用頻度が減っていき、そのうち死語となって消えてゆくのだろうか。

人種・言語名由来の、評価にかかわる形容詞をいくつか集めてみた。

ローマ系
 romantic:非現実的な・恋愛の
 Byzantine:権謀術数の
ギリシャ系
 Greek:難解で分からない
 Spartan:質実剛健な・厳格な・質素な
 Cyprian みだらな
 barbarian:未開の、教養のない
ゲルマン系
 frank:率直な
 Gothic:ゴシック、妖怪趣味の、不気味な
ロマ系
 Bohemian:自由奔放な
 gypsy:放浪の
その他
 philistine:文化や美学に無理解な

研究社英語語源辞典(KDEE)には、なぜその意味になったかが意外に載っている。

romantic:romanceのと言うことだが、この「ロマンス」はラテン語ではなく、ラテン語から発達した各地方のロマンス諸語のこと。「プロヴァンス語で書かれた散文」と言う意味でも用いられているが、特に「騎士物語」や「伝奇小説」のことを指した。英語には1300年ごろに「中世騎士物語」の意味として出て来るようだ。なるほど、ロマンティックとは何かを一言で言い換えるのがなかなか難しいと思っていたが、中世騎士物語と言えば、純愛あり、大志・冒険あり、空想物語ありで、全てつながる。

Byzantine:東ローマ/ビザンツのような、と言うところから「権謀術数の」と言う意味になったが、残念ながらKDEEにはこの意味での由来は書いていなかった。

Greek:Greekはラテン語 Graecus から来ているが、本来は Graia地方の住民の呼称に過ぎなかった。ギリシャ人は自分たちのことをHellenesと呼んでいた。しかしそれがギリシャ人一般を指すようになった。「難解な」を意味するようになったのは、ラテン語の諺Graecum est; non potent legi. (It is Greek; it cannot be read.) に由来するとのこと。特に中世までの西ヨーロッパではラテン語に通じた写字生はいたが、ギリシャ語は読めず、翻訳中にギリシャ語に出会した際に余白に「読めん!」と、その言葉を付したと言う例が多くあったそうだ。確かに西ヨーロッパ世界にギリシャ語やギリシャ様式・文化が流入するのは、コンスタンティノープルの陥落で追われた知識人が入ってくることによって起きた。意外に古典的な歴史が詰まった語義だったのだ。

Spartanスパルタ人のような=質実剛健な・厳格な・質素な。スパルタ人のエピソードはあまりに有名なためか、KDEEにそれ以上詳しいことは載っていなかった。

Cyprianキプロス人と言う意味だが『この島は恋の女神Aphroditeの生地で、その祭で有名であった』とのこと。愛と美と性を司るギリシア神話の女神アプロディーテが生まれた後、風に乗って行きついたところがキプロス島だが、そのシーンは「ヴィーナスの誕生」という名前の絵画で有名なエピソードだ。どういう風に生まれたかの説明はここではあえてしないが、確かにその神話や祭りの背景と合わせてみると、「みだらな」という意味になる理由がわかる。  

barbarian:言わずと知れた、バルバルと話す言葉が通じない『言語習慣などを異にする異邦人、ギリシャ・ローマ人でない外国人』という意味だ。北アフリカの海岸沿いの地域をBarbaryバーバリと言ったり、ベルベル語という名称の語源にもなっているが、ベルベル語派の話者はこの呼称を好まずTamazightなどに言い換えたりしているらしい。

frank:フランク王国を打ち建てることになるフランク族のことだが『フランク族がガリアにおける唯一の自由民であったのにちなむ』とのこと。なるほど、単にゲルマン民族が野蛮と見なされて傍若無人に振る舞うから「単刀直入」の意味なると勝手に思っていたが、全然違った。ケルト人やゲルマン人のなかでもフランク族だけが特別自由だったのだ。それに対して奴隷だったのがスラヴ人で slave の語源となっている。

Gothicゴート族のという意味。イタリアのロマネスク様式を美的とする芸術家にとって、フランスのいかにもゲルマン的要素を取り入れた様式は、鬱蒼とした森の妖怪趣味で、ごちゃごちゃしていて、怖い、不気味な感じがすると蔑視的にゲルマン人的と言う意味で「ゴート族の」と言ったのが始まりらしい。KDEEでは“good”と同根か?とあるが、Wiktionaryでは 印欧語根の *ǵʰewd- (“to pour”) に由来するという見方を取っているようだ。

Bohemianボヘミヤに住んでいたロマのように自由奔放な、という意味だ。ボヘミヤはチェコの東部・中部の地域で、ラテン語の Boiohaemum (Home of the Boie) から来ている。『Boii は1世紀初め、この地方からゲルマンの一部族 Matcomans によって追われたケルトの一部族』ということらしい。ラテン語名Boiohaemumはケルト語の Boie+-haemum(‘home’)から来ている。この辺りの地域は昔から多くの民族がヨーロッパに進入してくる通り道になっていた。印欧祖語から分岐したケルト・ゲルマン・スラヴの様々な部族もここを通って行ったに違いないし、ロマの人々も13〜14世紀には到達していたようだが、ロマの人が皆ボヘミアから来たわけではない。しかしBohemian=Gypsy=放浪者という繋がりは、作家Thackerayの用法により定着したようだ。

gypsy:『ジプシーが最初英国に現れときEgyptから来たと誤解されたためかと推測される』エジプト人→ジプシー(ロマ)→放浪者という意味の派生だ。この構図はBohemianと同じだ。近年では軽蔑的な呼び方を変えてロマに統一する動きがあるようだ。

philistineフィリステア人。これがなぜ「文化や美学に無理解な、無教養な」という意味になるかは『1683年にドイツのJenaで起こった暴動で市民に殺された学生の葬儀における説教で「フィリスティア人が来たわ、サムソン!」という聖書の一節が引用されたことから』とのこと。フィリスティア人と戦っていた怪力のサムソンだったが、彼の愛人のデリラはフィリスティア人に買収されて力の秘密を聞き出そうとした。サムソンは何度か秘密を明かすフリをして力の根拠を伝える。その度に愛人デリラは、明かされた方法でサムソンの力を封じ込めることができるかサムソンが寝ている間に試すのだが、その時に「フィリスティア人が来たわ、サムソン!」と言って起こしたのだ。何度もサムソンは嘘を教えるのだが、最後に泣き落とされて本当のことを言ってしまい、最終的にフィリスティア人の手に落ちてしまうのだ。このエピソードが、大学に批判的な市民と学生の間のどんなやりとりを揶揄して「文化や美学に無理解な」ことを指すために引用されたのか、元の説教の内容がわからないのでなんとも言えない。ただ、こういう慣用句的語義は、高尚な人たちがいろいろな古典的なエピソードを引用して出来上がっているものなのだと気付かされ、そんなところまで載っているKDEEは凄いと思った。

これからもいろいろ集めようと思うので、他にもご存じの方があればお教えください。

追加
vandalism:民族移動時代にローマ領内へ侵入して北アフリカにまで進軍し、カルタゴを首都とするヴァンダル王国を建国したヴァンダル族の名から、芸術・文化の破壊行為のことを指す。

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