芸術と経済(1)
どういう訳か、大学時代、政治経済学(political economy)を専攻していた。大学附属の高校からの進学だったので、成り行きだったとしか言えない。
はっきりと、高校生の時点で経済学に興味はなかったが、成績の都合で経済学専攻になってしまった、といった感じだった。志があって政治経済学を専攻した訳ではなかったのだ。
大学に進学し、最初の授業で経済学入門の授業を受けた。教科書を開いて、経済学とは「経世済民」、つまり世を治め民の苦しみを済(すく)う学問とのことで、その言葉にわずかに希望をみた。また経済、エコノミーの語源は、ギリシャ語のオイコノモスにあり、オイコスは家、ノモスは法を意味し、共同体の規律・規範を表す言葉である、とも知った。しかし、その感銘も束の間で、経済学は主だって市場での人間の行動と問題を扱う学問で、大前提としてまず「市場」があった。
自分の求めているものは、ここにはないと感じた。なぜなら、自分にとって大切なものは何かといえば、例えば、小さい頃に道端で拾った艶(つや)やかな石ころ、コイン、鳥の羽、枯れた枝葉などの、取るに足らない何でもないもの、それからもっと言えば芸術と創造だったからだ。それらは市場で貨幣と交換して手に入れたものではなかった。市場以前のところに自分が大切にしているもの、「富」がある。ぼくの前提として「富」は市場以前のところにあった。
芸術と創造についていえば、小さい頃に観た、芸術家たちの作品。アンディ=ウォーホル、ルネ=マグリット、ニキ=ド=サンファル。彼、彼女らの作品を実際に観たときの世界が飛翔し、突き抜けて拡張していくような強烈な感覚。子供時代の自分に、この世界の不可思議さと面白さを強く直観させ、芸術という歓喜が身体を貫いたのだった。それは並々ならぬ幸福感だった。
または、幼い頃にポスターを制作することに熱中し、色紙を納得のいく形になるまで時間を忘れてハサミで切り続け、没頭したこと。当時の自分の美意識にこだわり、時を忘れて納得のいく画面をつくりあげる、その強い充足感、そういう創造の興奮と高揚がぼくの価値観というものの根底にあった。
それは価値と言う時に現代の誰もが無条件に考えてしまう、市場性、市場価値とは決定的に異なるものだった。価値は市場が決めるものとは限らない。市場以前に価値も富も存在しているという感覚が強かった。そして幸福とは意外にもそこにあると。つまり、美と芸術と創造が価値と富の、幸福の源泉だと、そう思っていた。
経済学入門で最初に習ったのは、経済主体は市場において合理的に行動するというものだった。企業は利益を最大化するための行動をとり、消費者は自身の効用を最小の金額で最大化させる行動をとる、ということ。需給のバランスがとれたところで売買が成立し双方が釣り合う行動を取る。今でこそ、この抽象的な人間や組織の合理性は完全に理解できるし、自分も単純にそういう行動をとっているので全く納得できる。私たちとマーケットは切っても切れない関係にある。しかし、先に言ったように、自分にとっては効用を満たすもの、効用を最大化するものは市場にある訳ではなかった。学び始めた経済学には、自分にとって大切なこの素朴な美と、創造と芸術の問題、この命題が取り扱われていない感じがして、授業にはすぐに出なくなった。
そして、2008年、学部四回生の頃、リーマンショック、世界金融危機が起きた。当時の自分はこれに激しく憤ったのを覚えている。現代の錬金術、その実態は結局問題だらけじゃないか、と強い怒りを覚えたのだ。実体経済と乖離した信用経済の暴走。その現実の現象がひどく恐ろしかった。リーマンショックの構造を単純にいえば、投資銀行が様々な債権をパッキングして金融商品(デリバティブ)というものをつくり、将来的により大きな富を生産、販売するという手法で、結局それが破綻したのだ。その債権のひとつがサブプライムローンというもので、低所得者向けの住宅ローンが金融商品の要素を成していた。債権の金利で将来的により大きな貨幣という富を生むという構図。それが破綻した。様々な債権を混ぜ込んだ金融商品を作りそれを販売していたため、サブプライムローンが焦げ付いた結果、爆弾は爆発し、結果、世界金融危機が起こったのだ。
金で金を産むという行為は、自分の価値観から言えば、およそ創造的とは言えなかった。そこには明らかに人の「顔」や「手」というものが見えない、貨幣による貨幣の生産は、空疎なのだ。人間的な充実や高揚は見えない。自分が愛するものは美的な創造であって、人間疎外を厭わない創造は、ぼくは創造として本質的に認めたくないのだ、とその時に思った。合理性、生産性を絶えず追求し、資本が飽くことなく膨張していく様相。資本の膨張。ここにはバベルの塔のような病理がよぎった。バベルの塔は神の怒りに触れ崩壊する宿命にある。
創造には美と、生命が伴うべきだ。そして、結局のところ身体から生み出される根源的なものに重心を置くべきだ。生命が見えない生産と創造はやがて暴走する。そしてやがて破綻する。そしてまた、価値や富は金銭の大きさには限らないということ。富とは貨幣量の大きさではない。富の本質は、美と芸術的創造にこそある。精神的豊かさというものの源泉は、恐らくそこにあると思った。物質的豊かささえも、恐らくそこにある。経世済民、世を治め、民の苦しみを救う、つまり幸福を目指す経世済民という本義からすれば、その課題解決の方法は決して市場だけにあるわけではない、と強く思った。投資銀行の創造は大きな不幸を生んだ。従って、むしろ市場外のところにこそ経世済民の精神は、その実あるのではないかとそう思ったのだった。もちろん、市場にも光はあるのだが。しかし、信用経済の暴走はとても恐ろしく感じられた。ぼくは芸術と創造というイデオロギーを強く持っている。美的な創造は不合理で、が故に切実だ。合理的、生産性の追求とは真逆にあるのかもしれない。しかし、美、美学にこそ幸福はあるのではないか。これがぼくの奥底に流れている、絶対的な価値観だった。この突飛さについては当時から自覚はあった。
政治経済学部を卒業してから十数年経つが、このあたりのことを未だにずっと考え続けている。そういう問題意識があって、今現在、創作活動をしているところがある。決して直接的とは言えないが、間接的にそういう意図が、創作及び作品に無意識のうちに注がれているのを自身で感じている。そして、当時の、若くて青臭い自分の素朴な想いや直感は今なお大切なことなのではないか、と益々思うようになっている。今現在、自身の表現にそのエッセンスを注ぐような勢いでいる。アートや創作活動ならば、そのような妄想じみた考えも許容されるだろうとも。
資本主義の限界はかねてより方々からずっと叫ばれていて、最近それをつとに思っている。常軌を逸した極端な富の集中。現代の環境問題の主だった原因も資本主義の席巻が強く影響しているのは明らかだし、資本による魂の包摂ということが人々にごく普通に起こり始めているのも感じる。資本主義を内面化し過ぎた人が増え続けていること。ぼくはそれを危惧している。
そして、相変わらずこう思っている。現代資本主義の問題を緩和する糸口の可能性、それは芸術と創造の中にあると。突拍子もない戯事のように映るかも知れないが、自分はそれを信じている。なぜならそういう思想と作品を歴史の中で既に創り、唱えてきた人がいるからだ。例えば、ジョン・ラスキン、ウィリアム・モリス、ミヒャエル・エンデ、ヨーゼフ・ボイス。彼らの思想を次代に繋ぐような論考を書きたいと思っている。そのことについては、今後の記事で綴っていきたいと思っている。
学部生時代は結局、経済に対する違和感を強く抱えつつも、政治経済学の卒業論文として、ウィリアム・モリスのデザイン思想と今日的意義について書いた。ウィリアム・モリスは詩人でデザイナー、画家で、産業革命期のイギリスの劇的な時代を生きた人だ。彼は近代社会への憎しみから、美的な一撃を与えた人物だった。次の「芸術と経済(2)」の投稿では、彼の活躍と思想について言及してみようと思っている。
経世済民は、市場の外に、こそ、ある。