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混沌と愛の国インド、美しき冬のラダック⑤地獄のロングドライブ編

11月27日(日)。最近、勝手に6時前に目が覚める。よく眠れてはいるが、体が居心地の良いリズムを会得したのかもしれない。外はまだ薄暗く、窓の多い部屋だったので室内はぐっと冷え込んでいたが、試しにカーテンを開けると、朝日が部屋から見えたので、私は毛布に温もりながら段々と白みゆく空をぼんやりと眺めた。
 湯たんぽのお湯が奇跡的に朝まで温かったので、幸運にもお湯で朝の洗顔ができた。7時になると、突然電気が復旧した。朝の空気を感じながらストレッチをしてゲストハウスの食堂に行くと、奥さんが、昨晩の停電でパンが焼けていないと困り顔だった(23:00〜7:00であまりにキリよく電気がつくので、そういうものかと思っていたが、本当に停電らしい)。代わりに、ジャガイモを使って焼く「チャパティ」を作ってくれるそうだ。待っている間、久しぶりにyoutubeで筋トレをしたが、驚くほどへなちょこになっていて、途中で辞めてしまった。ちょっとやっただけでもよしとしよう。
 朝食にチャパティと、卵焼き(日本の卵焼きではなく、溶いた卵を平たく焼いたもの)をケチャップでいただき、宿を出発した。実に居心地の良いゲストハウスだった。

卵焼き
チャパティとやら

 朝は、1日目に行けなかった「hot spring」に向かった。冬季なので入ることはできないが、普段は足湯になっているらしい。人がいないのを良いことに、施設の裏手の温泉が流れる岩場を登り、温かなお湯と豊かな苔を楽しんだ。

ほったて小屋のようだ
初めて見た緑だ!とはしゃいだ

ここから一度ゲストハウスのあったHunderまで戻り、ヌブラ渓谷に別れを告げ、我々はパンゴン湖に向かった。ここからの道のりは信じられないほど長く、そして車体が上下にピョンピョンと飛び跳ねるほどの悪路だった。中途半端に溶けた氷のせいで道路の段差が大きく通れないので、岩で氷を叩き割らないと進めないことすらあった。私は日本ではなかなかありがたみを感じられないトヨタ4WDの圧倒的パワーを目の当たりにし、日本の自動車は世界一だぜ!と柄にもないことを思った。
 道はひどかったが、見える山々の美しさはレーからヌブラに向かう道のりで見たそれとはまた違った趣であった。先に見た山々は、どちらかというと土気色の山が多かったが、パンゴンに向かう山々の色は、赤色だけでなく、紫や緑など実に豊かな表情を見せた。私は、つい1週間前までの、膨大な引き継ぎに追われて毎日12時間パソコンを叩き続けた日々を思い返し、震えるほどの多幸感で涙が出そうになって、ぐっと拳を握った。魂が喜んでいるのがわかった。こういうことがしたかったのだ、私は。そして、こういうことをして生きていきたいのだと、強く、強く、思った。

15時近くになり、ようやく昼食の村に着いた。インド人は朝ごはんと昼ごはんの間が長いので、結構空腹に耐える必要がある。村のローカルな食堂ではメニューなどないので、主食で選ぶ。大抵は、麺、ライス、モモの三択である。今回は麺を選択すると、男子高校生が大喜びしそうなボリュームで食事が出てきた。
 このあたりでは村にトイレがなく、また水も買えなかったので、私は生理的欲求が満たされない辛さにひたすら耐えた。

焼きそばかよ

 16時ごろ、ようやくパンゴン湖が見えてきた。Huberから7時間(hot springを含むトータルでは10時間)、昼休憩以外はぶっ通しで車に乗り続けての到着だった。すでに日は傾いていたので、事前に聞いているほどの青さは見ることができなかった。jemmniが言うには、朝9時ごろが一番美しいということだった。代わりに、夕焼けに染まる美しい山を見ることができた。

赤く染まる山々とパンゴン湖
いつもいつも綺麗な夜

  パンゴン湖は海のように広く、湖が見えてから宿まで、かなりの道のりであった。湖を横目にクネクネと進み、私たちは16:40ごろ、「Ammchi homestay」に辿り着いた。実に長い道のりだった。私は、前日分と合わせて少し多めのチップをjemmniに渡した。実はその日のjemmniは、疲労か、チップがなかったからか、いささか不親切だったのだが、チップを渡すと大喜びして荷物を家まで運んでくれた。現金な人だ。
 ホームステイ先は、私と同じ年の娘と両親の3人家族だった。あまり英語を話さない家庭だったので、私は飼い猫と終始戯れていた。猫を飼っている家庭はよく見るが、犬を飼っている家庭はあまりみない。飼い猫は、猫とは思えないほど初対面の私によく懐き、体をすり寄せてきた。猫は大好きだが、基本特別に好かれやすいわけではないので、不慣れな経験で戸惑ったが、ありがたく愛でさせていただいた。

かわいらしいがほぼ密封されないので外気温と同じ
ねこにゃん

 夕食はトゥクパだった。トゥクパとは、小麦を練って一口大にしたものを具と煮込んだもので、この家庭ではカシューナッツが入っており、歯応えも楽しく、大変美味しかった。スープにナッツを入れる発想、ぜひ日本でも真似したい。何よりこのスープ自体が本当に美味しくて、何のスパイスかと聞いたら、「ガラムマサラとターメリックと″キッチェンキン″だ」と言われた。私は言われるがままに″キッチェンキン″とノートにメモした。後からスーパーで探した結果、実はkitchen kingという名称であることが判明した。名前からして美味しそうで、私は喜んで買って帰った。

スープはお父さん、小麦粉のやつは娘さん作

 ホームステイとはいっても、ゲストルームがあるので通常のゲストハウスとそれほど変わらない。部屋に戻ると、牛や羊の乾かしたフンを燃料に、ストーブを焚いてくれた。湯たんぽに熱々のお湯を入れてもらい、暖かすぎるくらいだった。
 パンゴン湖は電波が全くなく、やることがほとんどない。外はひどく寒かったが、せっかくここまできたのだからと、私は軽い気持ちで星空を見に外に出た。

 圧巻だった。どこかの神様が、真っ黒な布で地球全体を包んで、うっかりキラキラ光るビーズを布全体にこぼしちゃったんだ、そう思ってしまうくらい、視界の全てが星空だった。上手く張り付かなかったビーズが、あちこちでぽろりぽろりと流れ落ちていた。見れば見るほど、そのビーズの数は増えていった。
 ヌブラとパンゴンを両方一緒に行くツアーは、ヌブラで1泊して、2日目にパンゴンを見てそのままレーに戻るという、1泊2日のツアーが多い。今回は、Hidden Himalayaスタッフの上甲さんに、お金は少しかかるが2泊3日が絶対におすすめだと言われたので、その通りにしたのだが、大正解だった。パンゴン湖の村はもちろん街灯なんてひとつもないので、私は今回のインドの旅の中で、最も美しい星空を目撃していた。私は大学生の時に行った内モンゴル自治区で見た星空を思い出していた。私の根っこはこういう場所にあるんだなあと、改めて思ったのであった。
 なお、この星空は、不甲斐ないことにその美しさを十分に表せる写真を撮ることができなかったので、みなさんの想像力にお任せするとともに、ぜひこの星空を見にパンゴン湖まで行っていただくことを心よりお勧めしたい。

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