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あの海岸を馬と走ったりしたい【その④】

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馬と距離をおくことにした……一方で、もちろん私は、馬のことが嫌いになったわけでは全くなかった。
社会人2年目の春、雨に濡れる仙台のアーケード街をなんとはなしに歩いていると、見慣れたケモノの臭いが鼻を突いた。なんとそこに、小さな馬がぽつんといた。商店街のど真ん中である。

乗馬クラブというのは、経営的な難しさがあるのか、フィットネスとはまるで異なり、個人経営のクラブが多い。そんな中、唯一全国にクラブを展開しているグループがある。クレイン乗馬クラブだ。近くに住んでいるなら、チラシ等で名前だけは聞いたことのある方がいるのではないだろうか。
ここ仙台においても、実は地下鉄とバスで行ける場所にクレイン乗馬クラブがあったようで、商店街にいた愛らしい馬は、その日、クラブの宣伝のために駆り出されていたようなのである。よく見ると、馬の周りに囲いがされ、紺色のジャケットを羽織ったスタッフらしき女性が同行していた。
私は久しぶりに嗅ぐ馬の臭いと、思いもよらないところで馬という存在に再会した驚きと喜びでひどく興奮した。暖かく力強い肩に触れ、ゆっくりと息を吸い込む。鼻腔に生き物の気配が広がった。
スタッフの女性と乗馬の話で盛り上がり、その勢いで体験乗馬を予約した。スタッフからすれば、カモがネギしょってきたなと内心舌なめずりをしていたことだろうと思う。
クレイン乗馬クラブは、大手というだけあって、できるだけ入会のハードルを下げようと様々な割引キャンペーンが打ち出されている。また、入会金自体も、特に仙台のクラブは安く設定されていた。そこで私は、社会人2年目にして、高校生ぶりに乗馬クラブに入会することとなった(まんまと)。
高校生の頃とは違い、かじる脛などなく、自らの稼ぎだけが頼りである。道具は一式持っていたとはいえ、改めて計算すると結構洒落にならない金額ではあったが、このまま落馬への恐怖心で乗馬から距離を置けば、もう戻れないかもしれない。そのことの方が自分にとってはよほど深刻であった。

モンゴルにおける乗馬は「落ちなければいい」乗馬なので、あまり細かいことは気にしなくてよいのだが、乗馬クラブではブリティッシュスタイルで教えられる。高校時代のベースがあるとはいえ、入会した初期は駆足なんてもってのほか、感覚を取り戻すのに非常に苦労した。駆足のクラスにあがるまで、1年以上要したと思う。
その乗馬クラブには、仙台から東京に転勤になるまでの3年間通ったが、最も面白かったのは「障害」であった。

乗馬は、ただ乗るだけでも十分に面白いが、もう少し進んだステップとして「障害馬術」「馬場馬術」がある(「クロスカントリー」「エンデュランス」などもあるが、一般的な乗馬クラブで習うことはあまり考えにくいので、ここでは省略する)。
馬場馬術とは、馬場の中で馬をいかに美しく正確にコントロールするかを競う競技だ。その運動の細かさたるや、単なる歩き方の切り替えだけにとどまらず、円形を描かせたり、後退させたり、その場で足踏みをさせたり……まるでダンスをしているようだ。馬場馬術は、馬と人が織りなすアートである。
「障害馬術」とは、人間でいうハードル走である。馬場に設置された障害物(バー)を飛び越え、そのスピードを競うというシンプルな競技だ。ハードル走といっても、その障害物は容易には飛び越せないものであり、オリンピックレベルでは160cmもの高さになる。乗り手は、馬がベストコンディションでバーを飛ぶための手綱さばきと、馬の跳躍を阻まぬよう、連携した動きが求められる。
上記の通り、障害と馬場には求められるスキルが大きく異なる。したがって、馬にも「向き不向き」がある。これはなかなか面白い。障害は、失敗すると馬にとっては足をバーにぶつけるという、「痛い」「怖い」記憶である。臆病な馬の場合、この記憶が強く残り、バーにおびえて飛ばなくなってしまうことがあるのだ。その一方で、思い切りのいい馬、強気な馬は、かなり無理な歩数や角度で侵入しても、えいやと飛んでくれるのだ。
これは完全に主観だが、乗り手にも向き不向きがあると思う。私は馬場という競技が、控えめに言って風呂場で遭遇するゴキブリくらい苦手だった。馬に対して繊細な指示を出すことができないだけでなく、全体的に動きが粗いので意図せず余計な合図をたくさん送っており、そのことが馬をひどく混乱させた。
そこで私はもっぱら障害をやることにした。障害は、少なくとも馬場よりは粗く乗っても大丈夫だったし、障害が向いている馬は私にあっている馬が多かった。とはいえ、早すぎず遅すぎないスピード感、バーに対して直角に侵入するコントロール、踏切をきれいにキリよくするための歩幅の調整、馬が踏み切った瞬間の体の浮かせるタイミング、着地後の立て直しなど、気にするべきことは富士山の放置ごみくらいあった。
私の財力では、月1~2回90分乗るのがせいぜいだったが(それでも毎月3万円以上の固定費だった)、そんなことを考えながら、大きなサラブレッドの汗ばむ背に揺られていると、日常のいろいろなことを忘れることができた。

そうこうしてる間に月日は流れ、模範的なサラリーマンであり食・住を会社に握られている私は、ついに転勤を命ぜられた。行先は東京であった。私はへへえと平伏し、ちょうどコロナが真っ盛りの2020年4月に東京に移り住んだ。
東京にももちろんクレインはあるのだが、都内から通うとなるとかなりの距離があり、また月3万円の固定費は、上昇する家賃を鑑みると、家計にとって大きな負担となることが火を見るより明らかだったので、泣く泣く退会の道をとったのであった。

それから2年、今でも乗馬クラブには通っていないが、東京に移り住んだことで、モンゴルで旅した友人たちとの交流が増え、外乗の機会に恵まれることが増えた。
そしてタイトルに戻る、というわけである(長かった)。今は、特定の乗馬クラブには通わず、四半期に一度くらい気ままに外乗するスタイルがしっくりきている。
多分、私はこれから、言ってしまえばおばあちゃんになっても、ずっと馬に乗り続けるだろう(事実、乗馬クラブの会員は、その会費の高額さも手伝ってか、それなりのマダムをかなり見かける)。生涯の趣味に出会えたことに感謝している。

「あの海岸を馬と走ったりしたい」と、思った人へ。
ぜひ、一歩踏み出してほしい。
普通のスポーツよりはハードルが高いだろう。日本では駆足ができるまで少し時間がかかるかもしれない(アクセスさえ許せばウェスタンのクラブがおすすめではある)。
どうしても初期の投資は大きくなってしまうが、だからこそ、一生あなたを楽しませてくれる貴重な趣味となることを約束する。

以上、自分と馬について書いてみた。まさか4回にも分けて書く羽目になるとは思っていなかったが、改めて書くとそれなりのボリュームになるものである。次から何を書こうか思案しつつ、取り急ぎ一区切りとして、読んでくれた皆様ありがとうございました。
引き続きよろしくお願いします。

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