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まるで情緒不安定な女
こんにちは。
moyamoyaです。
この10年ほどで自分の涙もろさが酷くなっている。
年齢が上がると涙もろくなるとよく聞くが、正に体感中。
私が涙もろいのは今に始まったことではないけれど、
ただ、若いときのそれとはちょっと異なる気がした。
涙が出るきっかけに変化を感じている。
若いときの涙もろいは、
例えば映画を観てだったり、仲間と団結して部活や行事に取り組んだなどの感動によるもの、もしくは、卒業の別れなど悲しいときに流れる涙に嬉し涙が主な理由だった。
10年くらい前からは、若いときの状況に加えて、
誰かと話したときに、話の中で相手が直接的な表現で言わなくても、その相手がさぞかしつらい思いをしたのだろうなと自分が想像がしたときや、例えば相手が私の息子たちのために、一生懸命になってくれたことがわかったときのような、思いやりを感じる場面だったりする。
こちらで勝手に想像した段階で、もう泣きそうになってくることがあるのだ。
ただ、自分がつらそうだと想像しただけで、もしかしたら話し手の本人はそこまでつらいとは思っていない可能性も0ではないし、単に私は自分勝手な想像で泣きそうになっている可能性もあるのに、先走って泣く。
歳を重ねて、人生においての経験という母数が増えていることで、若い頃より想像力が働く関係あるのかもしれない。
そして、そんな自分を客観的に見ているもう1人の自分がいて「ここで泣くのは違うんじゃないか、こんな場面で泣きたくない」と思っているのに、敵わず涙が出てしまうのだ。
長男が小学生低学年のとき、担任の先生と二者面談があったのだが、担任の先生が息子を褒める話をした際に涙が溢れてしまったことがあった。
涙が出そうになった時点で「泣きたくない~」と思っているのに、一度スイッチが入るともう止められない。
ドン引きされるだろうと思っていたら、なんと担任の先生も泣き出して、お互いに涙しながらの面談になってしまい、何だか申し訳ない気持ちになった。
あとで振り返ってみて、我が子が褒められたことへの喜びと、自分のこれまでの子育てのおおよそが間違っていなかったことへの安堵という思いからきた涙だったと思っている。
そしてその担任の先生は、同じく子持ちの女性だったので、何となく理解してくださったのかなと思う。
そして、息子たちの卒業式でも、周りより泣き出すタイミングが早い。まだ誰も泣いていない「学校長式辞」辺りで泣きそうになってくる。
映画館に行けば、上映前に流れる映画の紹介で切ない系の曲やセリフが流れただけなのに、もう涙がでそうになったり。
あとは仕事でお詫びの電話をかけると「申し訳ない」という気持ちで話すからか、その気持ちから何だか泣きそうになってくることもある。
もはや私の周りには、泣きの地雷がばら蒔かれているような。
何がきっかけで泣きのスイッチが入るのかよく分からない状況。
ストレスは涙を流すことでも発散ができる、いわゆる涙活というものもあるが、ここまで容易く涙が出るとなると、逆に涙もろすぎる自分がストレスでしかない。
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