ドブロブニク、日常を離れた冒険の旅
夏の暖かい日差しを浴びて、心地よいお昼寝を楽しむ2匹の飼い猫、ヘルとデューク。もうすぐ夏が終わると聞いてがっかりするヘル。そして、人間の真似をして、暖かい南の島へ旅に出ようと提案する。そんな突拍子もない提案をとあり合わなかったデュークだが、最終的にヘルの計画通り、2匹は南の島へ旅立つ。でも、どうやって? 2匹はなんと、渡鳥であるコウノトリに、赤ちゃんのように袋の中に入って運んでもらったのだ。
無事に南の島に到着したものの、全く見知らぬ街で、食べるものもなく困ってしまう2匹。しかし、気持ちの良い太陽の光と海の香りのおかげで、不安な気持ちはかき消され、逞しく冒険を繰り広げていく。
敵のネコと戦いながらも、食べ物を手に入れ、友達もできて楽しい時間を過ごすヘルとデューク。すっかり南の島が気に入ってしまった彼らは、元の場所へ戻らず、そこで暮らすという選択をすることもできる。さて、2匹はどうするのか?
これは、以前私が書いた童話、「ヘルとデューク南の島へ行く」のあらすじだ。もう10年も前になるが、クロアチアのドブロブニクを訪れた後にこの物語が生まれた。ヘルとデュークが楽しんだ南の島は、いったいどんなところだったのか。
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ウィーンから約1時間半のフライトで、ドブロブニクの空港に到着する。空港から街中へは、30分ほどバスに乗って移動する。
バスの停留所近くには、石橋がある。そこを渡ると旧市街への入り口、ピレ門に差し掛かる。
ドブロブニクの見どころは、城壁に囲まれた旧市街。そしてなんと、その旧市街を囲む城壁の上は遊歩道になっており、一周することができる。早速階段を上がって城壁の上を歩いてみる。1周は約2キロ、1時間ほどの周遊コースだ。城壁の高さは、最高で25メートルとかなり高い。
ピレ門から入ってすぐの入り口から城壁へ上がると、メイン通りであるプラツァ通りが見渡せる。真っ直ぐに伸びた歩道には、賑やかに観光客が行き交う様子が伺える。
遊歩道の幅は狭く、所々階段や坂になっている。そして、すぐ近くに美しいオレンジ色の屋根の景色が広がる。こうしてみると、旧市街には建物が密集していることに驚く。せっかくだから、ゆっくり立ち止まって写真を撮ろう。
そのまま進むと、今度は真っ青な海が広がる。崖に面したビーチエリアや要塞・砦も見えてくる。
ドブロブニクの港に多くの船乗りや商人が集まり、大きな発展を遂げたのが13世紀。その後、ベネチアやオスマントルコなど周囲の列強諸国の干渉から守るため、15から16世紀に城壁が作られた。要塞は町を防護するために大きな役割を果たしていたのだ。
向かいには小島のロクロム島も見え、船が往来していた。ロクロム島へは美しいビーチもあり、日帰りで遊びに行ける。
清々しい風、果てしなく続く海。普段よりもエネルギッシュなパワーがみなぎっている、そんな感じがしてしまう。そう、ここを歩いたネコのヘルとデュークも、生まれて初めて見た海を目の前にして、心が大きくなってしまい、船に乗って向かいの島まで行ってしまうのだ。なんとか船に乗り込んだまではよかったが、運悪くその船の上で、食べ物を争った敵ネコに遭遇してしまう。窮地に追い込まれたデュークは船の縁から海へ落ちてしまった。その後を追って、ヘルも海へ飛び込む。2匹の冒険もここまでかと思われたとき、イルカが彼らを救ってくれた。
城壁散歩に戻ろう。あら、こんなところでネコさんに遭遇。ネコさんも城壁の上の散歩を楽しんでいたのだろうか。
今度は港が見えてきた。ドブロブニクの町の交易の中心地であった旧港。ここを中心にこの街は繁栄を遂げてきたのだ。今でも毎日観光船や定期船で賑わっている。
おや、2匹のネコが慌てて港を歩いているところを発見。あの船に乗り込むつもりなのか?
再びオレンジの屋根と青い海の景色を見ながら、城壁の遊歩道の散策は終了する。のんびり景色を堪能しながら歩くと、2時間くらいは必要だ。
ピレ門近くの階段を降りて、上から見た大通り、プラツァ通りを歩く。ツルツルしているように見える床は、石灰石で舗装されている。お店やアイスクリームショップなどが並ぶメイン通りは、たくさんの人で溢れている。
あら、またここにもネコさんの姿が。
旧市街には、修道院や宮殿、教会などもあり、大変興味深い。中でもおすすめしたいところが、フランシスコ修道院。ロマネスク様式の回廊は、涼しげな中庭に続いており、観光客の喧騒から離れ、静かなひと時を味わえた。
また、ここにはヨーロッパで3番目に古いと言われている薬局があり、店内も美しい。
ドブロブニクを訪れたら、是非訪れたいところをもう一つ。スルジ山にケーブルカーで上がろう。この山頂からは、見事な景色が堪能できる。
オレンジの屋根に埋め尽くされた旧市街、そしてその周りに広がるただただ真っ青な海。ドブロブニクが、アドリア海の真珠と言われるのも納得だ。
これほど美しい城壁の街だが、1667年に起きた大地震により、町のほとんどが破壊されてしまった。旧市街はその後復旧されるも、かつての栄華が戻ることはなかった。その後、ナポレオンによる侵略、そしてオーストリアハプスブルク帝国の支配下となり、1918年第一次世界大戦後、ユーゴスラヴィアの領土となる。1991年に始まったクロアチア独立紛争では、ドブロブニクも包囲されてしまい、美しい街並みは再び破壊されてしまう。それが今はまたこうして美しい平和な姿に復興されているのだ。この見事な景観は、人間の儚さと偉大さをも教えてくれる。
さて、これだけ見事な海に囲まれているところで、美味しいシーフードを頂かないわけがない。海のないウィーンに住んでいた私たちは、海辺へ行くと必ず楽しみにしていたものがある。それは、生牡蠣だ。
ツルッと口の中に入り、そのまま溶けていくようなあの食感。白ワインと一緒にいただく時の幸せは、何者にも変え難い。
他にも、イカ墨のリゾットや、ムール貝など、満ち足りた食事であった。
また、クロアチアの有名なデザートは、ロジャータと呼ばれるプリン。日本のカスタードプリンのような程よい甘さが、満腹後でもデザートとして楽しめる。
おや、またテーブルの下にもネコさんが。用心深そうにレストランの周りをウロウロしている子もいる。おこぼれを狙っているのだろうか。
私たちがドブロブニクを訪れたのは、9月の前半。まだ海で泳ぐこともでき、最後の夏の時間を過ごすことができた。海の青さに心を洗われ、また飛行機に乗って新たな気持ちで日常へと戻っていく。
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さて、冒頭で紹介した、ネコのヘルとデュークは、どうしたのだろうか。仕事や学校があるわけでもない、ここが気に入ったのであれば、ここにずっと止まることもできる。しかし、彼らもちゃんと、家族のいる自分たちの街へと帰って行った。もともとデュークは、残るつもりはなかったのだ。そして、最後まで悩んでいたヘル。帰ろうと決心した一番の理由は、やはり友達のデュークと別れることができなかったからなのだった。
ドブロブニクの街を歩くネコたちも、ひょっとすると旅行中だったのかもしれない。
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