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スピルバーグ監督の「最高傑作」と言われる理由 映画『ウエスト・サイド・ストーリー』(21)

 1957年にブロードウェイで上演された『ウエスト・サイド・ストーリー』は大ヒットを記録。4年後の1961年にはロバート・ワイズ監督で映画化された『ウエスト・サイド物語』はその年のアカデミー賞を10部門受賞した。それから60年。いつかミュージカル映画を撮りたいと熱望していたスティーブン・スピルバーグ監督は子供の頃から夢見ていた『ウエスト・サイド・ストーリー』の映画化を希望し、各権利会社に訴えかけ実現にこじつけることに成功する。

 彼のフィルモグラフィーでは初のミュージカル映画。すでに75歳を迎えるスピルバーグ監督だが彼の映画術は衰えることを知らない。むしろ彼の映画術は本作が「最高傑作」と言わしめるほど、極致に達していた。
 画面構図、色彩表現、光と影による圧倒的な映像美。これら全てが一切の違和感なく、最後まで崩れることなしに調和し、登場人物の紹介からダンスの興奮、ロマンス、悲劇というプロットを飽きさせることなく展開していく完璧とも見える完成度は、もはや芸術の域である。
 本稿では、スピルバーグ監督作品に見られる特徴と極みを取り上げながら、本作が傑作と評価できる所以を明らかにしていきたいと思う。

●スピルバーグ映画の極み【その1】 漆黒の影と逆光

ステンドグラスからの逆光と影と2人のシルエット。絵画のようなシンメトリー構図。

 本作がかつてのスピルバーグ監督作品を遥かに凌駕している要素があるとすれば、それは圧倒的な映像美ではないだろうか。
 燦然と輝く光とダークでドライな色調の中で際立つ鮮やかな原色の衣装。そして圧倒的な構造美を生み出したのは、紛れもなくスピルバーグ監督の映像センスと撮影監督の名匠ヤヌス・カミンスキーの貢献と言えるだろう。
 ヤヌス・カミンスキーはポーランド出身の撮影監督で、元々はテレビドラマの撮影を手掛けていたが、スピルバーグ監督の目に留まり『シンドラーのリスト』(93)で本格的な大作映画の撮影監督に抜擢される。全編モノクロの映像の中で微かな光と影のコントラストが評価されアカデミー賞撮影賞を受賞。その後もほぼ全てのスピルバーグ監督作品で撮影監督を務め、『プライベート・ライアン』(98)ではドライでリアリスティックな映像表現が話題となり、再びアカデミー賞撮影賞を受賞した。
 スピルバーグ監督作品におけるカミンスキーの映像と言えば、逆光と極端に黒い影によるコントラスト。映画評論家の蓮實重彦氏もカミンスキーがスピルバーグ作品の撮影監督を務めるようになってからを「黒いスピルバーグ」、それ以前の作品を「白いスピルバーグ」と位置づけていた。

“白い”スピルバーグと、カミンスキー以後の“黒い”スピルバーグがいて、一般的に代表作と思われているのが、どちらかと言えば、ビルモス・ジグモントがキャメラを担当した白いスピルバーグのほうだと考えると、今日のスピルバーグはどこかで決定的に変わったんだと思わざるをえない。
『ユリイカ』2008年7月号「黒いスピルバーグの映画史」
漆黒と燦然とした光。世界が2人だけになったよう世界観で「一目惚れ」を視覚的に表現。

 『ウエスト・サイド・ストーリー』は、そうした「黒いスピルバーグ」の極致ではないだろうか。
 教会に見立てた場所で2人が互いに誓い合うシーンでは漆黒の中に、僅かな蝋燭の光と強烈なステンドガラスの逆光を写し、非常に強いコントラストを生み出していた。さらにシンメトリーな構図で台詞以上に神秘的でロマンティックな世界観を視覚的に表現している。
 またトニーとマリアが一目惚れするシーンでも、夢中になって踊る人々の姿を被らせながら眩い逆光の中で時が止まったように見つめ合う姿を映し出すことで、一目惚れの瞬間を視覚的に表現し、観客席の裏側という暗がりの中でも全方向から照射される眩い光によって包むことで、まるで世界に2人だけしか存在しないような世界観をうみだし、「一目惚れ」を視覚的に表現してみせた。
 かつてこれほどまでに黒いスピルバーグ作品があっただろうか。しかも、この漆黒、この光だけではない。カミンスキーと言えば、代名詞とも言えるのがブリーチバイパス。これがまた良い効果を生み出しているのである。

●スピルバーグ映画の極み【その2】 銀残しによるシリアス・タッチ

ブリーチバイパス風に、彩度が抑えられ、ドライで青みがかった映像。現実的でシリアスな印象を与える。

 ブリーチバイパス(銀残し)のようなザラついたグレーで青みがかったドライな映像は、カミンスキー×スピルバーグ監督作品における大きな特徴の一つである。
 ブリーチバイパスとは、フィルムを現像する際に銀を取り除く漂白処理を意図的に行わないか簡易的なものにすることで、彩度が低く、コントラストがはっきりしたドライで青みがかった映像にする技法である。
 技術的には1960年代に撮影監督の巨匠である宮川一夫が行っていたが、広く知られるようになったのはロジャー・ディーキンスが撮影監督を務めた『1984』(84)からではないだろうか。その後も数多くの作品で活用され、現在ではデジタル加工でブリーチバイパス風の色味をより細かく調整できるようになった。
 銀残しのスピルバーグ作品としては『プライベートライアン』が有名である。現実感や時代感のあるドライなタッチとして用いられた。『マイノリティ・リポート』(02)では極端なブリーチバイパス風の映像により、現実的でシリアスな雰囲気を醸し出していた。もちろん『ウエスト・サイド・ストーリー』でも全編でドライで現実的な色彩で覆われているわけだが、本作はそうした効果だけではない。
 こうした光と影やドライで燻んだモノトーンのような映像の中に、鮮やかな原色を混ぜ込むことで、より一層、色彩が際立ち、その色彩によって「登場人物の立場」と一体感を持たせているところが凄いのだ。

●スピルバーグ映画の極み【その3】 暖色と寒色による色彩表現

左側:ポーランド系のジェッツ団(青を中心とした寒色系)
右側:プエルトリコ系のシャーク団(赤を中心とした暖色系)

 色彩は観客の印象を左右するだけでなく、共和党と民主党のようにグループを視覚的に明示する機能を持っている。『ウエスト・サイド・ストーリー』では、ポーランド系を寒色系、プエルトリコ系を暖色系で構成しており、その違いが明確に示されているわけだが、前述したブリーチバイパスによるドライで彩度の薄い背景によって鮮やかな衣装がより明瞭になり、差別・対立・ファミリーとしての一体感がより強調して表現されていたように思える。

燻んでざらついた色調の中で鮮やかな暖色が際立つ。周りにいる市民までもが暖色系で構成されている。

 より注意深く見ると、面白いことがわかる。
 プエルトリコ系(暖色)にも関わらず、ポーランド系(寒色)のトニーに恋をしたマリアの部屋は、暖色系と寒色系が入り混じっている。壁紙は赤だが、ベッドは青で、デスクもパステルブルー。これは彼女自身が赤と青の間にいる立場であることを象徴しているとみて良いだろう(一方で、プエルトリコ系のシャーク団のリーダーの恋人であるアニタの部屋はベッドも家具も全て暖色系一色!)。
 さらにマリアが職場でダンスをするシーンでは、彼女以外は赤い服装なのに、彼女だけは水色のワンピースに、あえて水色の襷をかけていることからも彼女の心理が視覚的に読み取れるのではないだろうか。
 そしてなんと言ってもラストシーンである。駆け落ちするために、トニーのもとに駆けつけたマリアの服装を見てほしい。街を捨ててポーランド系のトニーと駆け落ちをするマリアの「覚悟」が表現された服装になっていた。どのような服装だったのか、これはぜひ自身の目で確かめていただきたい。

暖色と寒色が混ざった違和感のある部屋。彼女の中立的な立場が象徴されている。
マリアだけ、青のワンピースに赤いエプロン。パステルブルーの襷を付けてふざけている。
プエルトリコ系だがポーランド系を支えるバレンティーナ(左)は暖色と寒色のシャツを着ている。

●スピルバーグ映画の極み【まとめ】

  • 極端な光と影のコントラスト、美しい画面構図で魅せる圧倒的な映像美!

  • 偏見や人種対立というシリアスなドラマを引き立てながら、ダンスシーンの鮮やかな色彩を引き立てる銀残し(ブリーチバイパス)の絶大な効果!

  • 対立と偏見を愛で乗り切ろうとするマリアの覚悟を視覚的に表す色彩表現!

 全てが違和感なく調和し、互いに影響し合い、一切崩れることない緻密さで、興奮とロマンス、悲劇が展開していく完璧さはもはや芸術の域。黒いスピルバーグ映画の到達点であり、最高傑作という評価に値する完成度を誇っていた。映画表現を全て極限までに高めたスピルバーグの最高傑作をぜひ見逃さないように!

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