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『ロスト・リバー』鑑賞記録

2014年に公開されたライアン・ゴズリングが監督&脚本を務めた本作。
巷の感想を流し見た感じでは「何が言いたいのかわからない」「物語がつまらない」といった意見が多数見られた気がします。
まあ確かに、彼が出演してきた作品なんかと比べれば分かりにくいかもしれませんが、個人的にはこういうことが言いたかったのでは、と思うところもあるので書き出しておこうと思います。

ちなみに、前提として、私はBlu-rayを入手して鑑賞したので特典の監督本人のインタビュー映像を観ていること、最近マイブームであるゴズリングに関しては彼のインタビュー映像などを見漁っている状態で普通の人よりかはゴズリングに関する情報を多く持っているかつ関心が強い、ということも明記しておきます。
それではBlu-rayの背面に記載されたあらすじを以下に引用します。

経営破綻し、住人たちがほとんどいなくなった、とあるゴーストタウン。
この街に住む少年ボーンズは、廃墟だらけの街でクズ鉄集めをしながら暮らしていたが、日々生活は厳しくなるばかりだった。
そんな中、彼は近所に住むミステリアスな少女から謎めいた噂話を聞く。
この街が衰退した原因は、貯水池を造るために街の一部を水の中に沈めた時、一緒に「あるもの」を湖底に沈めてしまったからだという。
そのせいで、ここには呪いがかけられてしまったのだ、と。
真偽を確かめるため湖底の街“ロスト・リバー“を探索するボーンズだったが、そのせいで、思いもよらぬ危険に巻き込まれてしまう…。

Blu-ray『ロスト・リバー』 発表元:トランスフォーマー 販売元:ポニーキャニオン

これ以降は、基本的にネタバレを含んで書いていくので、是非鑑賞後に読んでいただけると幸いです。



さて、上記のようなあらすじはあるのですが、本作、一言で言えば「強き女性」の物語と言えそうです。
ボーンズの母親ビリー、ビリーが働き始める怪しげな館の女優キャット、ボーンズたちの近所に住む少女ラット、そしてラットの祖母バーバラ。
まずはビリーから。
ボーンズとフランキーという2人の息子を守るために、銀行員デイヴの紹介で怪しげな仕事を始めます。
家賃の滞納により家の解体を強制執行されたり、何とかしてお金を手に入れるしかないという状況下、なりふり構わず怪しげな仕事に手を出すわけですが、彼女が夜な夜な家の枕を濡らしているシーンが、彼女の脆さもよく映しています。
続いてキャット。
ビリーの仕事の上司に当たるキャットは、こんな仕事をしているからには何か翳りを持った、けれど面倒見の良い優しい一面も持つ魅力的な女性です。
ショーのまとめ役かつデイヴの元で働いているのですから、相当な修羅場を潜ってきた逞しさを持ち合わせていそうです。
ただこの辺は私の妄想で、彼女の人間性についてはそこまで深く描かれることはなく、キャットの逞しさについてはゴズリングのインタビュー情報などで脳内で自動補完してしまってるかもしれません。
ご存知の方も多いかもしれませんが、ゴズリングはキャットを演じたエヴァ・メンデスとは2012年『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ』の共演をきっかけに交際をスタートし、2016年に結婚して現在2人の娘と共に暮らしています。
ゴズリング曰く、もし分からないことがあれば彼女に聞くのが1番いい解決方法だ、いつでも何か答えを持っている、とのことで、エヴァは姉さん女房とでも言えば良いか逞しい女性なのです。
余談ですが、ゴズリングは本作のインタビュー映像でも、強い女性像を描く意識の高さに触れるコメントについて、実際自分の周りには強い女性が多くいてそれは賞賛というよりリアリティなんだと語っていました。
エヴァを始め、娘さんもまた彼の人生観に大きな影響を与えているのかもしれないですね。
ちょっとキャットの話が長くなりましたが、
次はラット。
ラットは街のクズ鉄集めを仕切る狂気の男ブリーから目をつけられたボーンズを守るために、自分を犠牲にします。
この勇気、ハサミでいとも簡単に人を傷つけてしまえるブリーをボーンズの元に向かわせないように引き留め、自宅まで送ってくれと言い出したときは内心「やめてくれーー」とこちらが叫んでしまいそうでした。
自宅に着いて、ドアまで送るよ、と妙に紳士的なブリーに本気で彼がラットに惚れていてくれと切に願っていたこともあり、その後のシーンは本当に妖艶な状況に見えて仕方なく、個人的にはこのシーンが1番秀逸に思いました。
ブリーがニックにそっと優しく触れ、「柔らかい」「ニックを人に触らせたのは初めてか?」と優しく囁く。睦言にしか聞こえませんでした…
ブリー役のマット・スミスに脱帽です。
普段のブリーは雄叫びみたいな声ばかりで、ギャップが凄すぎです。
また、その睦言もあってラット自身がブリーに触れられているような錯覚に陥るだけに、その後のブリーの行為に戦慄します。
ラットとニックという少女と鼠の名前自体の逆転現象も、よりその感覚を強くしていて、こういう小さい仕掛けが色々あるのが楽しいですね。
そして最後はバーバラ。
彼女はダムの建設中に夫を亡くしてから話さなくなりました。
一日中TVの前に座って、自分たちの結婚式の映像を見続ける日々。
そこに忽然と現れたブリーの手下のフェイス、ブリーのせいで唇がありません。
そんな人が部屋に突然やってきて火を放ったのに、逃げようともせず、最後火に包まれながら微笑んでいました。
彼女にとっては本望だったのかもしれません。

こんな風に、色は違えどみんな強く逞しい女性たちなわけです。
ゴズリングはそんな彼女たちと対比的に、無力な未成年と暴力的で狂気に満ちた成人男性を描きました。
ボーンズはきっと彼自身でしょう。
彼は母親に女手一つで育てられ、母親はとても美しい人だったので、母親に近づいてくる男たちが狼に見えていたそうです。
その欲望に塗れた強いエネルギーが幼い彼にをとても怖がらせたとか。
そういったことも踏まえると、ビリーとデイヴの関係性はまさにそれなわけです。
ボーンズは2人の間に入ってビリーを助けることはできず、ビリーは1人で彼と対峙するしかないのです。
彼は元々片耳が聞こえないようですが、ビリーによって聞こえる方の耳もやられてしまったシーンを見ると、片耳聞こえなくなったのは同じようなことが原因なのではと思ってしまいます。とんでもねえ野郎だ。早くくた…

頼りない男たちの中で、唯一タクシー運転手は好感が持てて、彼もまたゴズリング感情移入させた人物なのではと思います。
ゴズリングはカナダで育ち、アメリカへの漠然とした憧れを抱いていたそうです。アメリカに来ればお金持ちになれると、特にデトロイトにはそういったイメージがあったとか。
タクシー運転手が口にするアメリカへの希望と現実の話はゴズリングの実感からきた台詞のように思えます。
またその現実を見据えて堅実に働く男性が、その後ボーンズたちを乗せてどこかへ向かうシーンで幕を閉じるのも個人的には共感できるポイントでもありました。

色々書いてきましたが、これはやはりゴズリングのかなり私的な感情を元に作成された物語なんだと思います。
デトロイトにおいて都市開発の進む裏にボーンズたちのような取り残された人々がいて、その人々の生活を空想的な表現を持ってして描きたかったとインタビューでも語っていました。
彼がリサーチの中で見たこと、知ったこと、感じたことが詰め込まれているからこそ、それをアウトプットする彼自身が生きる/生きてきた環境が作品に色濃く出ているのだろうと思います。
ただ空想に昇華させるときに、万人が見てその部分だけで楽しめる作品とすることはできていないかもしれません。
そのため多くの人に分かりにくい印象だけ与えて、物語のテーマや楽しみ方を捉えてもらうことが難しくなってしまったのかも。
限りなく個の話をメインに据えたのは『ドライブ』『オンリーゴッド』で一緒に仕事してきたレフン監督の影響も感じます。
特に『オンリーゴッド』はレフン監督がタイで過ごしている時に感じた色んなことを作品の中に取り込んで、物語や映像に昇華させているとても芸術的な作品です。
そこからヒントを得たり、もしくはプライベートでも交流があるとのことだったのできっと作品作りの相談もしてただろうな、と思ったり。
でもやっぱりレフン監督とは経験値が違うわけで…
でも私は楽しめました、少なくとも『オンリーゴッド』よりかは。
ゴズリングの幼少期に感じたという恐怖や、女性たちの逞しさの一方で自分は何もできない無力感、でも絶望だけではなくて何かが動きだしていきそうな予感。
マーゴット・ロビーにOver Thinker呼ばわりされたゴズリングが監督・脚本を務める本作一体どんな作品なのだろうと期待に胸を膨らませて鑑賞して、良くも悪くも期待を裏切られることなく個人的には満足です。
私的な記憶や感情の揺らめきを感じられたというだけで十分観る価値がありました。

分かりにくい映画、というのはそもそも何が分からないのか?を突き詰めていくと何か糸口を掴めるはず、と思うのですが、それをわざわざするのは作品に関して強い関心がある場合だけでしょうね。
私も『オンリーゴッド』はとても分かりにくかったです。
でも監督のインタビュー映像などを見てなんとなく分かってきた気がします。
本作も何も調べずに単に1本この作品だけを観たとしたら、多分ちんぷんかんぶんでしょうね。
物語自体は理解できたとしても、はあそれで?みたいな。
私が今まで書いてきた話を踏まえても、ふーんそれで?となる可能性すらあります。
誰かのすごくクローズドな視点なんて、よっぽどその人に興味がないと楽しめないですよね。
ゴズリング自身もそのことについては考えるところがあったようです。
どっかのインタビュー記事で、色々作品出てきたけど結局自分が映画を好きになった映画はインディーズ作品ではなく大作映画だった、みたいな話をしていました。
本作を境に、確かに彼はその後は出演する作品の系統が大きく変わったように思います。ちなみに出演する作品はエヴァと決めているそうです。
娘ができたことも作品選びには大きく影響しているとか。娘が楽しめる作品を、と。
まあ確かに『ハーフネルソン』を娘に観せられるかと言われると…時間が必要ですね。
いつかまた彼が監督することになったら、次はどんな作品を作ってくれるでしょう。多分ですけど、今度はもっとずっと観客が感情移入しやすい登場人物が出てくるはずです。

ゴズリングの演技への姿勢や作品選びは、彼の周囲の人たちや彼自身の生き方に関係しているようで、こうなってくると作品に関する理解を深めて更に楽しむためにも、ゴズリング思想史みたいな本でも出してくれないかなと思ったりする今日この頃です。

長々と書いてしまいましたが、今日はこの辺で。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

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