■関(仮名)のはなし
「マシンだよ。」
この言葉は、20年以上が経過した今も鮮烈に覚えている。君は、あの年の出来事を覚えているだろうか。
僕たちは、大学で4回目の春を迎えていた。
就職活動の1997年。
あの4月、僕と関(仮名)は、例年通り何の講義を選択するか打ち合わせる為、大学近くの茶店で落ち合ったんだ。
僕は、関が来る前に茶店に入り、ハンバーグランチを1つ注文した。いつも通り、デイリースポーツを隅々まで読みながら、美味しいハンバーグを食べる。
僕が食後のアイスコーヒーを飲みながら、日刊スポーツに手を伸ばした時、カランコロンと顔の小さなモデル体型の男前が顔を出した。関だ。
関は、赤色の薔薇がデザインされた怪しげな紙袋を片手に持ち、洗い立ての皺1つないシャツと素敵なパンツ姿で現れた。シャツはタケオキクチ、パンツはユナイテッドアローズで購入したものだろう。
関は、神奈川県No.1公立高校出身の落ちこぼれだ。彼は、浪人時代、12月の慶應模試でA判定をとりながら、慶應不合格というミラクルを起こした人物でもある。(引)
関は、僕のトイメンに腰を掛け、アイスコーヒーを1つ注文した。
「待ち合わせの時間知ってるか、関?11時半やで。で、今13時や。1時間半遅刻。相変わらずやなぁ。」
「わりー。出掛ける前にシャワー浴びててさ。」関の部屋は猛烈に汚いが、身嗜みには気を使っている。
「いや、俺、お前の携帯と自宅(下宿先)に3回程電話したぞ。電話出ーへんかったやん?てか自宅の留守電にメッセージも入れたぞ。」
「勿論、君の留守電はライブで聴いてたよ。でも、遅れるのが確定してる中、わざわざ電話に出る必要があるのか?だって内容は、早く来いってことだろ?知ってるつーの。
あとさ、留守電に『いないようなので、またかけます。』的なの入れる奴いんじゃん。またかけんなら、メッセージはいらないよ。馬鹿だろ、馬鹿。」
関と初めて待ち合わせした時、僕は5時間待たされた。その日は、関の自宅近くのモスバーガーで待っていたんだが、村上春樹の短編小説を1冊読み終えても、一向に彼が現れる気配は無かった。あれから比べると成長したのか?
「でさ、今年は何を取ろうか?楽勝科目の情報は、持ってんだろ?」関は、紙袋から馬鹿でかい履修表を取り出しながら言った。
「んー、般教は、これとこれ。楽勝や。あと語学の再履は、これが楽勝。関お勧めの般教は、ないんか?」
「あれはどう?民法?」法学部の奴らでも苦労する民法をなんで経済学部の俺らが取らなあかんねん?真面目に考えろよ。
「今年はホンマに楽勝科目だけで履修せなあかんねんて。俺ら単位やばすぎんねん。」
あーでもない、こーでもないと言いながら、今年の履修科目は完成し、その日は珍しく酒も呑まずに別れた。
あの日から2ヶ月が過ぎた。6月初旬頃だったろうか?緒方(仮名)から電話があった。緒方は、同じ学部で一回生の頃から、関とともに遊んでいる。テニス仲間でもある。
「ここ2ヶ月程、関見かけへんから心配で、羊に電話したんや。携帯にも下宿先にかけてもでーへんねん。」
「心配やけど、普通に就活してるだけやろ。まあ、俺も電話してみるけど。」
「でも流石に2ヶ月音信不通て今まで無かったやん。ほら、関の自宅、ゴミ屋敷やん。本人がゴミに埋もれたんちゃうか思て。」
「有り得るのが怖いわ。」僕は笑いながら言った。関の下宿先は、オートロック有りのマンションで、8階に住んでいた。ロフト付きのオシャレハウスだ。1回生の時は、よく関の自宅で酒を呑んだが、2回生あたりから誰も関の自宅には招かれなくなった。
理由は、ゴミの量が酷く、座れる空間が無いとのことだった。関曰く、玄関から腰の高さぐらいのゴミがベランダまで続いていると(引) 見たことの無い虫をこないだ見たよ(引) 風呂場に見たこともないキノコが生えてきたよ(引) パッと手を伸ばせば8月10日のカレーパン(賞味期限が半年過ぎてる。)というような状況らしかった。関本人がゴミに埋もれることは、充分に有り得るのだ。
「直で家行ってみろや。」
僕は、提案した。
「既に行ったんやけど、留守やった。」
やれやれ。その後、僕は何度か関の携帯と自宅に電話した。しかし、彼が電話に出ることはなかった。
7月に入り、前期試験が始まろうとしていた。関が履修した試験日程は、1回生の頃から僕が全て調べて伝えていた。関よ。君は、どこにいるんだ?僕は、再び関の携帯にかけてみた。
「マシンだよ。」
繋がったっ!久しぶりの関の声だっ!
「え、何?何だって?関か?おい!関なんか?」
「マシンだよ。」
「マシン?マシンて何やねん?どーしたんや?」
「マシンだよ。マシンのように勉強したよ。」
「え、どゆこと?何があったんや、さっぱり分からん?」
「1日12時間勉強したよ。4ヶ月程ぶっ通しで。1週間の食料は、カプリコ1箱。毎日、ほぼ家から出ず、マジ、マシンだよ。」
「勉強?何か資格の勉強なんか?」
「公務員試験。」
「公務員試験?あ、それでおまえ今年の履修で民法取ろうとしたんか?」
「勘いいじゃん。その時期付近に公務員試験の勉強を始めてたから、実は、民法自信あったんだよね。」
「いや、何で電話出ーへんねん?皆、めちゃ心配してんぞ。」
「誰にも話さなかったけど、実は歳下の彼女がいてさ。で、その彼女、短大卒業して、去年から大手銀行に勤めだしたの。それでさ、俺にも一流企業に行って欲しいとかほざくんだよ。俺、何が一番嫌いかって、大企業でアクセク働くことなの。公務員でダラダラしたいんだよ。
でさ、勉強してる最中に彼女から一流企業に行って欲しいとか言われたらやる気失せるじゃん。だから別れた。すごく好きだったんだけどね。珍しいパターンだよ。彼女から電話があると嫌だから、携帯はバッテリーを抜いて、家の電話は回線を抜いたんだ。誰とも話さず、マシンのように勉強したよ。
俺さ、自慢じゃ無いけど範囲が決まってる試験は得意なんだ。」
「知ってる。おまえは受かるよ。」
「だろ。俺もそう思ってた。
でも、どうやら試験範囲が間違ってたらしい。」
笑 事前に調べろよっ!実に君らしいが。
「でさ、本番の試験の1週間前に勉強のし過ぎで倒れたんだ。母親が神奈川から駆けつけて、即入院。病名、何だと思う?
…栄養失調。」
そらそうよ。1週間カプリコ1箱を4ヶ月て。(引)
「でも、試験はうけたんやろ?おまえなら受かるって。」
関は、見事試験に合格した。
しかしながら、二次試験の面接で落ちた。
彼曰く、「面接終わった直後にさ、廊下で面接受けてた人たちと雑談してたんだー。何故、公務員になりたいかって?そんなもん楽したいからに決まってんじゃねーか。ってデカイ声で言ったのが、面接官に聞こえたらしい。」(引)
彼は、結局、公務員にはならず、デイトレーダーになった。