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読書の記録(68)『M-1はじめました』 谷良一 東洋経済新報社
手にしたきっかけ
2024年、久しぶりにM-1をゆっくり見た。審査員を中川家の礼二さん、やすよともこのともこさんがされていたから。審査員が大きく変わって今までと違う感じになるのかな?という思いで見始めた。
職場の若い先生が、『答え合わせ』 石田明 マガジンハウス が面白かった、授業にも活かせそう、と言われていたこともあり、M-1がどのようにできたのか気になって読んでみた。
心に残ったところ
私が大阪を離れて静岡県で教員になったのは2000年のこと。憧れの仕事にワクワクしながら初めての一人暮らしを始めた。
一番びっくりしたのは、テレビで大阪の番組を見られないことだった。吉本新喜劇が放送されていない!探偵ナイトスクープもめっちゃ遅い時間にしかない!当たり前のように関西のお笑い文化の中で暮らしていたんだと、大阪の外に出て初めて実感した。静岡では東京の番組が流れるんだ…と知り、ホームシックというか軽いお笑いシックになった。
そんな中始まったのがM-1。静岡では漫才を見られる番組が少なくて、M-1で初めて知る芸人さんもたくさんいた。こたつでぬくぬくしながら見るのが年末の楽しみだった。
この本の著者は初めはたった一人でプロジェクトを立ち上げた。スポンサーを探し、放映してくれるテレビ局を探し、審査員を集め、採点方法も考えた。面白いことを追究し、漫才の素敵さを届けたいという思いが原動力だったのだと思う。
敗者復活戦もなんであんなに過酷な環境なんだろう、と思っていた。寒空のもと、寒風吹きすさぶ中で漫才をしているのは、その方が絵的におもしろからかなあとぼんやり思っていた。M-1の放送の前座というかおまけみたいに思っていてごめんなさい、と思った。
M-1の漫才師にとって非常に残酷な裏のコンセプトもはっきり書かれていた。漫才に限らず、やりたい仕事と、むいている仕事が必ずしも一致するわけではない。もって生まれたものもあるかもしれないけれど、たゆまぬ努力も必要。舞台に上がり続け、目の前のお客さんに評価される覚悟も必要。2024年、審査員が若返ったと言われるのもこのコンセプトに基づいているのかもしれない。
まとめ
プロジェクトをどう立ち上げて進めていったのかというドキュメンタリーとしてもおもしろく読めるし、芸人さんの成長の物語としても読めた。最近M-1を知った人、漫才っておもしろいなあと思った人にも薦めたい本だ。
仲のよい漫才師はおもしろい、というのも共感できた。兄姉、姉妹だから、自然と通じるものがあるのかもしれない。私の好きなのは、中川家、やすよともこ。大阪に住んでいると、テレビで目にする機会も多くて、仲良くしゃべってるだけでニヤニヤしちゃう。4人が揃って見られる番組なんかな登場シーンだけでも嬉しい。