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司法修習で「何をすべきか?」という質問について思うこと


修習で何をすべきか?

これは、修習前や修習中、多くの修習生が疑問に思うテーマだと思います。
私自身も修習開始前に多くの先輩方に尋ねました。さまざまなアドバイスをいただきましたが、修習も終盤を迎えた今、自分の経験を振り返り、改めて感じたことを共有したいと思います。

結論:自分の「やりたいこと」をやろう

端的に言えば、キャリアの役立ちや実務的な必要性を考えすぎず、自分が本当にやりたいことをやるべき、これに尽きます。

「民事執行保全はやっておいた方がいい」「要件事実は修習開始前にやっておくべき」など、役立つと言われる勉強は数多くあります。それらは確かに正しいのでしょう。しかし、重要なのは自分が心からやりたいかどうかだと思います。

司法試験を突破した今、多くの方が精神的にも肉体的にも疲れ切っている状態ではないでしょうか。その中で、「役に立つから」「必要だから」という理由だけで勉強に向かうのは、正直難しいと感じます。

さらに、「役立つから」「メリットがあるから」という動機付けだけで動いていると、次第に自分が本当に興味を持っていることを見失ってしまうのではないでしょうか。

私がやってよかったこと

では、私は修習中に何をしていたのでしょうか。
それは、法解釈以外の勉強です。

司法試験の勉強を通じて、私はある種のコンプレックスを抱いていました。
それは、法解釈の背景知識の不足と、法律以外の学問への知識不足です。

例えば、

• 憲法判断には社会学ジェンダー論の知識が欠かせません。
• 会社法の論点を理解するには、経済学の知見が不可欠です。
• 刑事事件の事実認定では、DNA鑑定の精度科学的根拠を理解する必要があります。

しかし、私は大学・ロースクールを通じて、これらの知識を学ぶ機会がほとんどありませんでした。

また、昨今のアメリカ大統領選挙や円安のニュースを見ても、

「なぜトランプが当選したのか?」
「なぜ円安になっているのか?」

こうした問いに答えられるだけの知識が不足していると感じていました。

私が学んだこと

そこで私は、次の2つをテーマに学びを深めることにしました。

1. 法解釈の背景知識の強化
 ここでは、統計についてお話ししようと思います。
法的判断の正確性を高めるためには、データの正しい理解が欠かせません。特に、刑事事件での証拠評価や、医療過誤訴訟などでは統計的推論の理解が重要です。

例えば、

統計学の基本として
 平均、中央値、分散、標準偏差といった基礎的な統計指標や仮説検定、p値、相関係数などの基本的な概念について学びました。

ベイズ統計学
科学的証拠や推認の信頼性を判断するために、ベイズの定理の概念を学びました。
「ある証拠が出た場合の真犯人である確率」や「証拠の信頼性の計算」など、確率論的な視点は刑事裁判の証拠評価に深く関わるものだと感じました。

これらの知識は、裁判実務で証拠の信憑性を吟味する際、感覚的な判断に頼るのではなく、客観的な分析に基づく判断ができる素地を作るために有益でした。

(なお現実の裁判官がベイズの定理をもとに数学的に正しい推論をしているかは非常に疑問が残りました。そもそもベイズの定理を知らない裁判官も多くいると思います。)

• これらの理解のために、数ⅢCの教科書を購入し、数学の学び直しもしました。

2. 社会常識の習得

• 政治、国際政治、情報分析、絵画、生物学、AI、経済、経営者の自叙伝など、幅広い分野の書籍を読みました。

特に米国大統領選挙前に副大統領のJDヴァンスの自叙伝『ヒルビリーエレジー』を読めたのは非常に良かったです。
『ヒルビリー・エレジー』は、J.D.ヴァンスが自身の生い立ちを振り返りながら、アメリカの白人労働者階級の困窮と文化的葛藤を描いた自伝的エッセイです。
ヴァンスはオハイオ州ミドルタウンで育ちましたが、祖父母はケンタッキー州のアパラチア地方出身で、いわゆる「ヒルビリー」と呼ばれる保守的な価値観を持つ労働者階級の出身でした。
彼の家庭は不安定で、母親は薬物依存症に苦しみ、祖父母が彼の支えとなって育てました。ヴァンスは、祖母のサポートや軍隊での経験を通じて自立心を培い、その後オハイオ州立大学を卒業し、イエール大学ロースクールに進学しました。しかし、成功を手にした後も「自分のルーツから完全に解放されるわけではない」という葛藤を抱え続けています。
本書は、アパラチア地方に根付く貧困が単なる経済的問題ではなく、文化的要因とも深く結びついていることを明らかにしています。家庭の不安定さ、薬物依存の蔓延、教育格差、政治への不信感といった要素が複雑に絡み合い、貧困の連鎖が続いている現実を描き出しています。
本書だけで判断することは適切ではありませんが、アメリカ社会の分断やトランプ支持層の背景を理解する上で助けの一助となりました。

できなかったこともある

こう書くと、非常に博識のように見えるかもしれませんが、実際にはできなかったことも多くあります。

  •  線形代数やミクロ経済学(神取版)は、最後まで理解しきれませんでした。

  •  統計学も統計検定2級レベルを学びましたが、数ヶ月経った今、かなり忘れかけています。

  • 数学の復習も途中で止まり、実践レベルには達していません。

  • ベイズの定理については理解できたものの、ベイズ統計学の理解はまだ正確にできていません。

  • いろいろ学びましたが、法解釈にそれらの知識を落とし込むまでには至りませんでした。

それでも「やってよかった」と思う理由


それでも挑戦して良かったと、心から思います。

修習終盤の今、これらの学びを通じて、各分野の「地図」が頭の中にできたからです。実務の中でこれらの知識に触れる際、その基本的な枠組みが理解できるようになったと感じます。

さらに、「無知の知」 という大切な教訓も得ました。

  • 自分が知らないことはまだまだある

  • 直感的な「常識」が必ずしも正しいわけではない

このことを学べただけでも、修習期間中にやりたいことを追求した価値があったと感じています。

まとめ:やりたいことを大切に

実務に出ると、時間的制約から自分の学びたいことに主体的に取り組む時間は限られてしまいます。

だからこそ、修習期間中は、やりたいことを大切にしてください。

何をするべきか迷ったときは、「本当に自分がやりたいことか?」と自問してみることをおすすめします。

修習という貴重な時間を、ぜひ自分のために有意義に使ってください。

(私は2回試験に向けて法律の勉強をがんばります笑)

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