サンタクロースは妖怪なるや
「サンタクロースはキリスト教の云々であり日本には馴染まない」なんて言葉がツイッターランドで呪詛のごとく繰り返される聖夜が今年もやってきた。平成最後のクリスマスである。
ツイッターランドを動向を見つめ続ける妖怪愛好家のモトタキが、それっぽくサンタクロースについて語る。
結論からいえば「サンタクロース」は妖怪である
妖怪とはなんぞや。それはいくつか定義があるが、あえて柳田國男先生の妖怪の定義に当てはめてみる。ざっくりといえば「名前が決まっており、現れる時間や場所が決まっており、何をするのかが決まっていれば妖怪」という定義だ。
名前はサンタクロースである。出現する時間帯は12月24日の夜と決まっており、場所は子供の居る家だ。そして良い子に贈り物をする。定義からいえば、完全に妖怪として必要な要素は揃っている。
ゆえにサンタクロースは妖怪なのだ。
サンタクロース自体はセント・ニコラスの訛った名称であるが、キリスト教の特徴として土着の神や精霊を聖人が習合してきた経緯がある。サンタクロースも本来はドルイドの精霊であったとされる。
「サンタクロース」本来の権能とは
サンタクロースは「子供を守る精霊」であり、「商売の精霊」であり、「恋人たちの精霊」である。
「子供を守る精霊」としてのサンタクロースは、3人の子供が変態肉屋に誘拐され殺害され塩漬けの肉にされていたのを救った民話が語り継がれる。
「商売の精霊」としてのサンタクロースは、サンタクロースが難破しそうな商船を助けた民話がある。
「恋人たちの精霊」としてのサンタクロースは、地方によっては聖夜に愛するが家族に反対されている恋人たちが夜這いをする風習があることから、そうだとされる。
日本のサンタクロースは、「子供たちのためのサンタ」であり、「クリスマス商戦を助けるサンタ」であり、「恋人たちのデートを盛り上げるサンタ」である。つまり、とてもサンタ本来の権能を使っている姿だといえる。
親がサンタクロースに扮する風習こそ日本的である
そもそも仏教が海外の宗教である。538年に伝来した説が有力だ。家に仏壇がある家庭も少なくないだろう。そしてキリスト教に関しても伝来が1549年である。もう469年目なのだから、日本の生活にキリスト教的概念が混ざってもおかしくはない。
だが、そんな世界宗教なんて、どうでもいいのだ。妖怪としてのサンタクロースはすでに妖怪として確固たる地位を得ている。そもそも、神に扮した人間が神の行いを代行するのは日本古来の民俗行事である。
ナマハゲが代表的であるが他にも多々ある。そうした神事と同じように、夜にサンタクロースとなった親が子に対して、サンタクロースのすべき権能をするのである。
ナマハゲの神事をする上で「ナマハゲなんて本当は居ない」というだろうか。「サンタクロースは本当は居ない」というが、生存している人物ではないサンタクロースが此岸に存在していないことにどれほどの意味があるのか。
ゆえに、サンタクロースはすでに日本の妖怪の一柱となっているのではないかと考える。