(仮)猫である僕を日本全国の旅に連れていってくれてありがとう第3話「初旅」
「ぎゃぁあああああー!」
ぼくは自分でも驚く程に悲鳴を叫んでいた。普段なら、ちょっとぐらいの出来事では決して悲鳴なんて叫ばないんだけどね。
この時のぼくは、車という乗り物がまだ苦手だったから。猫なら皆同じだと思うんだ。
それに、「東北」って場所に旅に行くのじゃなくて、もしかして病院って場所に向かっている気がしたのが1つの理由だったのもあるよ……その恐怖心が残ってたのかも。
でも、1番の理由はこれまで経験したことのない長時間に渡って「車」の中にいることだろうね。ぼくは、他の猫達より長生きしている方なんだけど、そんなぼくでさえも「車」という空間は摩訶不思議な場所で落ち着けなかったんだ。
そんな、ぼくの叫びを聞いたのか、ジュンは頻繁に車を止めてはぼくを落ち着かせてくれた……ごめんね、それでもぼくは……。
いや、そんなことじゃダメだ!
最初、東北への旅にぼくを連れていくと聞いた時にぼくは歓喜した。それは、ぼくが色々な場所を見てみたいからなのと、ジュンとヨメと一緒にそれを共有したいからなんだ。
その為には、きっと「車」という苦手な乗り物に乗ることは分かっていたはずなのに……
でも、どうしても無理なんだよ。だって、車の中って凄く揺れて怖いし、知らない匂いが充満しているから落ち着けないんだもの。
どれくらいだろうか?
気が付けば、嘘のように「車」という空間に慣れて普段通りに落ち着ける場所へと変化し、ぼくは叫ぶこともなくなっていたんだ。
何故だろう?
ジュンやヨメがぼくを落ち着かせる為に何度も車を止めて「大丈夫だ、フア! 車は怖くないよ」と優しくしてくれたかなぁ?
それとも、家から持ってきたジュンとヨメの家の匂いがする毛布をぼくの身体にかけてくれたからかなぁ?
それとも、ぼく自身が車とはいえ、そこは家と同じく、ジュンとヨメが一緒にいてくれる、いつも通りの日常だということに変わりがないことに気が付いたからかなぁ?
ぼく自身がこの壁を乗り越えなくちゃ、この先、彼らと旅をすることが出来なくなっちゃう恐怖心、それが車に乗る恐怖心に打ち勝ったから?
理由は分からないけども、自然とぼくは極度のストレス状態から、いつも通りのリラックス出来る空間へと変わったのは確かなんだよね。
とりあえずは良かった! これで、いつも通りのぼくでいられるから、ジュンやヨメに迷惑をかけることもないし、ぼく自身も旅を楽しめるんだから。
時は経過し、何やらジュンとヨメの会話から東北地方って場所に着いたらしい。ジュンに抱っこされて、人生で初めての土地で見知らぬ風景をジュンと同じ目線の高さで見回した。
ぼくにとって、そこは当然だけど見たこともない未知なる風景に心が揺れた。何よりも新鮮な空気がとても美味しく感じたんだ。
まぁ、少しというか、思っていた以上に寒かったのはビックリしたけど。
基本的にぼくは車の中で過ごしたけど、それでも、ぼくにとって初の旅は、ぼく自身が想定していた以上にぼくを満たしてくれたんだ。
何よりも、猫であるぼくが本来ならば絶対に来れなかった土地へと訪れられたことに、ぼくの胸の中にある1つのピースが埋まった気がしたんだよね。
昔、ぼくを飼ってくれた人の家にはジグソーパズルっていう物があってね、飼い主さんが多くの小片(ピース)を揃えていくことで、1つの絵が完成するんだけど、それと似たような感覚を覚えたんだ。
きっと、ぼくの中に存在するパズルはまだ完成していない。でも、ジュンと出会えたことで1ピース、ヨメに出会えたことで1ピース、今後も一緒に過ごすことで、徐々にそのピースは埋まっていくと思う。
ジュンやヨメは知ってると思うけど、ぼくはこう見えても現在14歳だから若くないんだよね。
今まで自分の年齢なんて気にしたことはなかったけど、今回「東北」への旅に出て、彼らと一緒に旅の時間を共有して、初めて「年齢」を気にしたと思うんだ。
旅はとても良かったし大切な思い出。
ねぇ? ジュンもヨメもきっと知らないよね? 初の旅からの帰宅中での車内でね、ぼくは何度も何度もジュンとヨメの後ろ姿をみては、また旅にぼくを連れていってとお願いしていたんだよ?
だってさ、もっと2人と一緒に色々な場所へと行きたいから!
また、2人と一緒に旅へと行けることを想像するだけで、ぼくは自然と笑みがこぼれた……でも、同時にぼくの両眼から数滴の涙もこぼれていた。
もっと、ぼくが若いうちにジュンとヨメに出会いたかったとこの時に初めてぼくは思った……でも、大丈夫だよ? ぼくは、歳だけど、まだ元気だから……ね?