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【書評】LTVの罠 垣内勇威著(後編)

前編は、こちらからご覧ください。

私がお世話になっているメタグリ研究所代表甲斐さん(農情人)も、わかりやすいレビューを書かれているのでご紹介します。※背景写真、お借りしました。

後編では、以下の2点を深堀させて頂きます。

  • カスタマージャーニー設計事例:定性調査と定量調査の使い分け

  • 某生命保険会社での成功事例:理論以上に大切なこと

本書の後半で実際に著者がコンサルティングを行い、成果創出に繋がった某生命保険会社のケーススタディー詳細が描かれています。個人的には本書で最も刺さったパート。

某生命保険会社(X社)の「短期売上重視カルチャーから脱却し、LTV重視に切り替える」というお題に対し、担当者Y氏と二人三脚で取り組んだ事例。

最初に取り組んだのが「カスタマージャーニー仮説」の設計。保険加入前、加入時、加入1か月後、加入1年後という平時に加え、有事(怪我、死亡等)という時系列が横軸。顧客接点、顧客心理、LTV影響要因、代理店施策案という項目が縦軸。

まずはYさんの経験則と著者の経験知から仮説を記入。その後、代理店ヒアリングという定性調査で仮説に肉付けを行い、検証ポイントを明確にした後、定量調査を実施。定量調査時に回答者に対して追加ヒアリングできる仕込みを行い(追加面談許諾)、興味深い回答者に対しては更なる深堀りを行う。

定性調査が顧客の解像度を高める最強の手段」というのは、私の30年間のマーケティング実務歴から得た経験則とも完全に合致します。

これまで、幾度となく「実態がわからないから定量調査をしよう」という場面に立ち会ってきました。私は「最初に10人ほどのユーザーインタビューをしよう」と主張するのですが、「10人では代表性がないから定量調査でないと意味がない」という意見に何度も屈しました。

以下の記述に、心の中で拍手喝采しました。

N数(サンプル数)が少ない問題は、実際に定性調査を見たことがある人からは絶対に出てこない反応です。なぜなら通常5人くらいの調査をすれば、8割以上の発見点が見つかるからです。6~10人目になると、被験者が同じことばかり言うので、かなり飽きてきます。11人目を超えると、被験者が次に何を言うか予測できるようになります。

また、著者の以下のアドバイスも金言です。

ヒアリングで一番重要なのは「意見」ではなく「行動」を収集すること。マーケティングのプロではない顧客に「HOW」を聞いてもLTV向上に本当に効く施策は出てきません。

(中略)

個別の質問を投げかける際に注意すべきポイントは、相手ができるだけ考えずに回答できるようにしてあげることです。回答に脳を使わせれば使わせるほど、想像や意見が交じるため、回答内容が事実から乖離していきます。脊髄反射的に答えられる質問を心掛けましょう

続いて定量アンケート調査について。以下、著者が説く3つの目的。

  1. 定性インタビュー調査の被験者を収集する

  2. カスタマージャーニーの大動脈を知る

  3. LTVに影響する「代替指標」や「顧客接点」を知ること

カスタマージャーニーの大動脈を知る及びLTVに影響する代替指標や顧客接点を知るについては、以下の通り説明されています。

仮説で洗い出した「顧客接点」のうち、どれがメジャーなのかを知ることができます。例えば、生命保険で言えば、給付金の請求手続きが多いのは「Webサイト」「コールセンター」「代理店」「店舗」「郵送物」のどれかを知るというのが該当します。大動脈がわかれば、その顧客接点が改善対象になります。

社内の人たちが納得できる「LTVに効くKPI」を見つけるということです。LTVとの相関が高く、短期的に取得しやすい代替指標が見つかれば、LTV向上のPDCAが回しやすくなります。同じようにLTVや代替指標に影響を及ぼす顧客接点も探していきます。例えば、Webサイトに毎週来るという顧客接点は、LTVを高めやすいといった事実を発見します。

この「LTVとの相関が高く、短期的に取得しやすい代替指標」を見つけるという発想、重要ですよね。これ、マーケティング施策の効果測定を行う際にも応用が効きます。売上拡大が最終目的であることに対し、実際の売上に繋がるまでにはタイムラグがあるので「Webサイトサクセス数」や「資料請求件数」を代替指標として計測するといった具合です。

更に、著者の「定量調査の前には仮説(言いたいこと)を明確にしておくことが重要」という主張にも100%賛同です。実務の際、私がスタッフに必ず指導していた点。わからないから、取り敢えず実施した定量調査からは何も生まれません。

各設問で「何か言いたいことが言えるか」を確認していきます。「恐らくこのようなアンケート結果になるだろう」という予想をした上で、その結果が得られることで、何かの証明や誰かの説得に使えるのか、という発想でチェックしていくのです。何にも使えないと思うなら、その設問は不要です。

つい調査の話に熱が入り過ぎて長くなってしまいましたが、2点目の「理論以上に大切なこと」について。

今回のケーススタディーで、以下の実例が紹介されています。

  • 調査結果を代理店の社長にフィードバックする際、安易にオンラインにせず、出向いて対面で実施した。誠意を見せる為にわざわざスーツ、ネクタイを着用して。結果、必ずしも愉快な内容でないにも関わらず、納得を得られ、実施協力への約束も取りつけられた。

  • 社長が了承した調査結果を代理店実務メンバーに落とす際、上から落とすことはせず、支店長を巻き込み、営業マンとのワークショップという形で実施し、納得感・自分事化に繋げることができた。

  • 他の代理店や支店長に対しても、1件1件丁寧に膝詰めで説明してまわった。

あらゆる「改革」を実施する際、処方箋の提示以上に難易度が高いのが実践。今回のケースは現状を変える為に苦労を厭わない担当者(Yさん)と豊富な経験を持ち結果まできちんとコミットする著者の二人三脚により実現したサクセスストーリー。

これまで、自身が携わってきた新事業や改革案件のことを想い出しながら、つい胸が熱くなってしまいました。

以上、前半の理論編、後半の実践編共に超絶お薦めの1冊です。









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