Clubhouseと社交的破壊
社交とは冒険であり、破壊である。社交は人脈形成のための手段ではない。(少なくとも僕にとって)社交の本質は構築にはない。安定的な秩序によって押し固められた自分自身の世界に破壊をもたらすものこそが、社交だ。
他人との出会いによる破壊。このことについて少し考えてみたい。哲学者グレアム・ハーマンのモデルを足がかりにしよう。
ハーマンは、存在者どうしの因果作用を縦の次元を介して説明する。たとえば、2機の飛行機が衝突する場合を考えてみる。ハーマンは、飛行機を含めあらゆる対象を、無限の深みを抱え持つブラックホールのようなものとみなす。彼にしたがえば、飛行機どうしは、衝突する際にガッツリと接触しているかのように見えて、じつはたがいの存在に直接触れているわけではない。無限の深みを抱えた対象どうしは、たがいに無関係的なのであり、直接的に相互作用することはないのだ。こうした無関係な対象どうしは、縦の次元を介して作用する、とハーマンはいう。どういうことだろうか。
ハーマンにしたがえば、2機の飛行機が衝突するとき、「衝突事故」という新たな対象が創発する。2機の飛行機を構成要素とする、新たな全体としての対象(「衝突事故」)が、上方向にできあがるのである。そして、飛行機に生じる「主翼がもげる」といった変化は、上方向の「衝突事故」という対象から遡及的にもたらされることになるのだ。
このモデルを「社交」に当てはめて考えてみよう。ハーマンにしたがえば、人間もまた無限の深みを抱えた対象であり、いかなるものもそれを汲みつくすことは不可能である。わたしたち人間どうしは、ただ表面をかすめあうことができるにすぎない。そのため、人間どうしのあいだで因果作用が直接的にもたらされることはない。因果作用は、ふたりの人間が出会うことで創発した「社交」という対象によって、上方向からもたらされることになる。
人間どうしが本質的に無関係のまま、いっとき生じた「社交」対象によってもたらされる破壊。これを「社交的破壊」と名づけよう。凝り固まった世界に住まうわたし自身が、本質的に無関係な人間との社交をつうじて破壊されるのだ。
ところで、ここ数週間のあいだで、Clubhouseという音声SNSが日本のユーザーにも浸透してきた。ユーザーどうしが音声をつうじて自由に会話を楽しむアプリだ。このClubhouseには、社交的破壊を誘発する力が秘められていると思う。
Clubhouseにはいろんな使われ方がある。有名人が話しているのを聞いているだけだと、まるでラジオのようだし、知人どうしだけで話しているとLINEのようだ。また、使用目的もさまざまである。フォローを稼いで、人脈をつくり、ビジネスに活かそう。そんな打算をもって使っている人も多い。たがいにフォローしあうことだけを目的にした、全員が沈黙しているだけの部屋なんてものもある。
こうした使われ方は、社交的破壊とは無縁のものである。もちろん使っている人が楽しいのであれば、それでまったく問題はない。ただ僕は、Clubhouseを、社交的破壊をもたらすツールとして使いたい。
Clubhouseがもつ社交的破壊の誘発力を最大限に引き出そうと思い、「哲学者があなたのお話しをただ聞きます。」というルームを何回かつくってみた。僕が一方的に話すのではなく、「ただ聞きます」という受動的なスタンスで臨むルームだ。社交という冒険に、自らの身を投げ込むためだけの部屋である。結果的に、初めて会う方々からさまざまな興味深い話を聞かせてもらうことができ、かなりうまくいったと思う。
社交的破壊という観点からいえば、Clubhouseは現実世界よりもうまくできている。現実世界の社交において、たえず社交的破壊を引き起こすことは難しい。閉じたコミュニティーで繰り返される社交の場(飲み会など)は、さほどの破壊をもたらすことはない。まえにも聞いたような話がただ反復されることになる。それゆえ、冒険的な社交をするためには、わざわざバーなどに足を運ばなければならない。しかし、足しげくおなじバーに通えば、顔なじみができてしまい、破壊の強度は低くなっていくだろう。
Clubhouseは、手軽に冒険的な社交へと身を投じることを可能にするツールだ。身体をわざわざ物質的に社交の場へと運ぶ必要がない。アプリを立ち上げれば、すぐに冒険がはじまる。フォロワーがつながっていけば、顔なじみの人との安全で(退屈な)社交に固定化されることなく、たえず新鮮で危険な冒険へと身を投じつづけることが可能になるだろう。
冒険的な社交という無数の対象がつぎつぎと創発し、消滅していく。Clubhouseとは、そうした無数の冒険的な対象を包摂する、ひとつの冒険的な対象である。
ヘッダー画像:William Krause on Unsplash
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