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次に会う時は、私達はもっとキレイになっている。

私は自分と友人達の周囲で起きたことを記していくと友人達と約束をしています。自分達が生きた証として記しています。なので、私にとってはこの記事を記すことは約束の一部です。私にとっても大事な友人の父が亡くなりました。その事について書いています。

死と関連しています。苦手な方はスルーしてください。この先本文入ります。

私達の付き合い方↓












「献杯」

線香の煙を見ながら椅子に座り、好きだったという銘柄の日本酒が注がれた。私達は胸の前にグラスを留め、騒いだ日を思い出しながらも、静かに口に含んだ。四十歳を超えた私達がなんとなく所作を知ってしまっている事実に笑いそうになっていた。美味しい日本酒は滑らかで口当たりがよく、アルコールを摂取しているとは思わせないほど馴染んできていた。この日本酒の本当のところは分からない。味なんて何でもよかった。

前日に亡くなったおじさんは私達の横にいた。「横に寝ていた」と書きたいが「いた」がやはり正しい表現だと感じていた。私はおじさんと実際に対面していても、こうして頭の中で表現を気にしてしまい、すぐに現実から逃げようとしている。いつもこういう場面になると正面から向き合えずに冷酷な自分に気づいてしまう。

「会いに来れるか」と聞いてきた友人は、普段は自分が一番会える場所にはいない、海外赴任をしているおじさんの息子だった。

「会いたいから行くよ」

私が答えたそれが正しい返事なのか分からなかったが、私にはそれしか言えなかった。

友人は、おじさんの最期の瞬間について言葉を詰まらせながら私達に話している。それを伝えるのが役目みたいに鮮明に話す友人の言葉に耳を傾けていたのだが、私だってそれを聞いてしまったらどうしたって泣いてしまうので、頭に入らないように愛想笑いを浮かべ、目を瞑る時間を長くして、人生最高の聞くフリをして無駄に頷いていた。

線香の火はまだまだ消えそうもないのに、私は新しい線香を足していた。私は色々と思い出していた。普段思い出すことがないことまで出てきていた。それは脳が勝手にこれで終わりだからと理解して映像を頭に流してきているとしか思えなかった。

止められなかった。

人間は実に便利に出来ていると感じていた。必要な時に必要な記憶を出してくれる。残酷だけど都合が良いものだと感じていた。

私の頭に流れるおじさんの姿のそのどれもが、息子を思う父目線の会話だった。息子。「息をしている子の事」なのかとまたも勝手に浮かぶ自分の冷酷さを感じていた。

お酒を呑みながら、息子が今どこで、何をしていて、いつの時間が暇なのか。それを私に嬉しそうによく説明していた。時差があるので今向こうの国は何時だと教えてくれた。ソワソワしながら息子に私が来たことを伝えるか迷っていた。「しょっちゅう連絡してるから別にいいです」と断っても、教えてやりたいと電話をしてその度に無愛想な息子から「忙しいから切るわ」と言われてしまい、すぐに電話を切られ、なぜか私に対してごめんな。アイツ疲れてるんだよ。と一生懸命にフォローするような親だった。

大学から海外留学をしていて、そのまま世界を飛び交う仕事についた忙しい息子の代わりに、おじさんと一緒に親孝行としてお酒を呑むのが私やポップの昔からの何十年に及ぶ役割だった。

私と友人とは、小学校からの同級生なので、三十年以上の付き合いになる。私が一人で友人の家に呑みに行っても、おじさんは深夜までいつも嫌な顔せず、呑めよ呑めよと付き合ってくれていた。

私が最期におじさんに会った時に、孫が一歳になるまでは生きると言っていた。その後はもう知らないわ。たぶんいないわ。と笑っていた。「そんなことないですよ」と死期を知っていた私にはその一言さえ言えなかった。普段から嘘しかついていないのに、必要な時に嘘が言える人間になりきれていなかったことを知った。

そして、無事に一歳を見届けた。約束を守る人だった。最期の最期まで訪問看護の方にお礼を言い、息子である友人には三十年後のお前の姿だよとベッドで寝ながら痺れを痛がり、動けない軀で笑っていたらしい。

出来すぎだ。私の知っている死に際でそこまでキレイに死んだ人を見たことがない。今までの感謝の言葉も家族には何一つもなく、大きな声で叫んだり、何もかも忘れて分からなくなって死んでいくことを私は見慣れている。

おじさんは、友人がいつから忙しくなるのかスケジュールを震える手でメモに書いて、本当にここしかないというタイミングで逝っている。最期まで周りに気を使う人だった。

私達は、完璧過ぎるおじさんの前でそれぞれの近況と今後のことを話した。ここまで正直に今起きていることや、溢れてしまう自分の気持ちを友人に話しているのは久しぶりの感覚だった。それはそれはダサいけど、おじさんに喋らされているなと横を見ながら話していた。流れると思っていた涙は出なかった。ここは泣くところじゃない、今はお前達の話を聞かせろよといつもみたいに言われているみたいだった。

「お前らは生き急いでるから、俺がこれからは頑張るよ」

私の口からは考えたこともない台詞が出ていた。私からみたポップや友人は、二十代、三十代と全速力で駆け抜けていた。誰が見ても生き急いでるくらい全力だった。人生の主役という役割をまっとうしていた。次々と肩書きが変わり、認められ、社会で必要な人間になっていっていた。私はその歯車から少しズレていて噛み合っていないことを認識していて、楽しく生きていくには、この二人に置いていかれてはならないことだけを考えて生きてきていた。

そんな自分が、まさか自分に対してハッキリと覚悟しているとは思わなかった。まんまと言わされたとおじさんを見ていた。自然とスッキリした、悔しいが言わされたということで良いと思った。

言わされたことにしといてやるよ。と私は納得した。お前は本当にくだらないな。この先大丈夫か?でもそれで良いんだよ。しっかりしろよと呑みながらいつも笑いながら心配してくれていた人の前で言わされた。「本当に最期まで出来すぎだわ」と笑えた。

久しぶりに会った私達の会話は途切れることもなく続いた。あんまり長くなると不味いなと思ったのでポップに帰ろうかと合図した。ポップが話し始めた。嫌な予感がした。

「それ、ジョモウ??」

唐突に予想もしない単語を言われると、それは滑舌よくハッキリと話をしていても人間は何を言っているのか分からない。おじさんだってびっくりして聞き直しているだろう。

だが、今までの人生でそのほぼ第一声が間違っているポップには私も友人もおじさんもなれている。ゆっくりと私達はポップの次の言葉を待つことにした。

「それ、ジョモウ?ダツモウ?お前ツルツルじゃん」

どうやら友人の足と手をずっと見ていて、ムダ毛がない肌のことを言っているみたいだった。友人のツルツルお肌のことが気になってしょうがなかったらしい。確かにキレイだった。ツルツルだった。だからと言ってここで言えるのかは別問題だった。私はこういうポップに幾度となく救われている。友人は少し自慢するように語った。

「サウジで脱毛中なんだ。お前らには伝えてなかったなごめんよ。毛にはムダしかないんだ。先に進んでて悪かったな」

お前もこのタイミングで乗っかってくるのかと私は思っていたが、ポップは嬉しそうに続けた。

「なぁ。サウジでしか脱毛出来ないなんてことは今の世界ではないんだ。いいかい、今は日本でだって脱毛出来る時代なんだ。いつまでもお前に遅れを取ってると思うなよ。むしろ俺こそツルツル最先端だ」

ポップは、キレイな腕と足を見せた。どうやら自分がツルツルだと言いたかっただけみたいだった。そういうところこそがポップであり、私達が愛する理由だ。

「やってんのかよ」

ポップのツルツルを見て友人は笑っていた。コイツらはいったい何なんだと思っていたが、コイツらは私の友人だと心を持ち直した。私は今までの人生でコイツらに引き下がったことはない。私は二人にもっと先に進んでいることを告げた。

「一つだけ言わせてもらうなら、もう、私とツルツルの出会いは二年前になるんだ。ムダにムダと伝えてから二年だ。君達とはハッキリ言ってレベルが違う。私はツルツルを越えて今やソノサキにあるキレイになりたいんだ。何となく最近男性から中性になってきている自分を感じてそれを止められない気がするんだ」

私は、ツルツルを輝かせながらソノサキにあるキレイになりたい願望も打ち明けた。

「親父の前で何言ってんだ」

友人が笑いながら喋っている。私は当然こう伝えた。

「それは違うぞ。おじさんだったら俺もやろうかなって言ってるよ。これはもっと前に教えとくべきことだったんだ」

私はポップを見てウインクした。ポップが重ねてくれた。

「俺達、親孝行し損ねたな」

おじさんにあと一回だけで良いから、お前らくだらないな。と笑われたかった。

玄関を出て友人に別れを告げた。

「今日はありがとな」

友人が珍しく感謝を伝えてきた。

「別に、会いたかったから来ただけだ」

私は友人にそれを伝えて、家を後にしポップと月夜を歩き出した。しばらく歩いてから、ポップが私に伝えてきた。

「さっきのセリフ。『会いたかったから来ただけだ』って言ったろ?あれ俺も使いたいな」

何を言おうとしているのかは、私にはすぐに理解が出来た。

「俺達は、今までやりたいことは全部やってきた。その都度楽しい選択をしてるよ。間違いない。だったらそれを俺に聞かせてくれよ社長。明日は朝帰りでオーケーなんだ」

私達は夜の蝶に会いに行き、ポップはこの日伊勢原市で一番の美声で語った。

「会いたかったから来ただけだ」と。

なんのはなしですか

私達はこれからもこのまま進みます。「間違いではなかった。くだらないけど面白かった」とそのうち伝えにいくので。だから、くだらないな。お前ら相変わらず面白いなと、あの声で迎えてください。それまでこれを読みながら、キレイになって笑いながら待っててください。

また、ゆっくりと呑みましょう。




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コニシ木の子
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