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2/14(日) ピーチオンザビーチノーエスケープ、私たちは消された展ー女体と私について
土曜、友人に誘われて「ピーチオンザビーチノーエスケープ」という舞台を観に行った。
昨日は「ピーチオンザビーチノーエスケープ」の舞台にも行っていた。2日連続で女体を観ている。https://t.co/0fIZ7e8plr pic.twitter.com/v1zD0PmzNZ
— 餅巾着 (@qomo9999) February 14, 2021
ビーチ、と名付けられた部屋でコスプレをした女たちがすし詰めになって暮らしている。その女たちはたった一人の男の存在が「すべて」で、男とのセックス(または暴力)を求めて競ったり、励まし合って連帯する。
女たちが集まって喋る様子はカラッと陽気だけれど、根底には何か薄暗いものが張り付いている。小さな穴がぽつぽつと開くように侵食されて、やがて黒い液体に頭まで浸かってしまう。そんな舞台だった。
日曜は「私たちは消された展」が最終日を迎えると知り、神保町へ。
おもむろに展示品を購入して、物販と合わせて4万8千円使ってしまった。#私たちは消された展2021 #私たちは消された pic.twitter.com/z3cWxyLtHW
— 餅巾着 (@qomo9999) February 14, 2021
自撮り熟女のマキエマキ氏(https://twitter.com/makiemaki50)をもともとフォローしていたので、それで展示があるのを知った。
マキエマキ氏の写真集をしっかり購入しつつ、大塚咲氏(https://twitter.com/otsukasaki_)の写真に心奪われて、人生で初めて展示品を購入してしまった。(物販と合わせて、計4万8千円…。中々の衝動買い!)
私達は消された展、スタートしました。ゲスト出演しております。作品や作品集は買えますので会場のそれっぽい方に聞いて下さいませ☺️ pic.twitter.com/I7kOZm8DBV
— SAKI (@SAKI__ART) February 8, 2021
ヌードのモノクロ写真に、黄色や水色でペイントがされている。ポップで可愛らしいような、アンニュイでセンシュアルなような。どちらともつかないし、そのどちらでもあるのだろう。もともと、部屋に一つくらい気に入ったイラストや写真など飾ってみたい、と思っていたのもあり、不可思議な両立をもたらすこの作品を、手に入れてみることにした。
土曜も日曜も、奇しくも「女体のヌード」を観ることになった。
私も彼女たちと同じように女体であるため、あるタイミングでは共振=同一性を感じ、あるタイミングでは異物感=他者性を感じる。親近感と偶像性に、くっついてしまうような、突き放されるような、安定しない心持ちだ。それでもその感覚自体を素直に楽しんでいたことに、後から気が付いて驚いた。
かつての私にとって、女体を見ることは辛く苦しい出来事だったからだ。
私にとって自分の身体はいつも苦痛と嫌悪の象徴で、ほかの女の身体を見ることは、掻きむしられるように耐えがたい行為だったと思い出す。汚くて醜くて、鏡も写真も嫌いだった。誰からもまなざされない、透明な身体になりたかった。私は誰かをまなざすだけの、無責任で安全な身体になりたかった。
— 餅巾着 (@qomo9999) February 14, 2021
美しい女体、「そそる」女体、可愛い女体を見る時私は、完全な他者にならなければ、落ち着いて見られなかった。汚くて醜い私は、彼女たちと決して同一な存在ではなかった。フェミニズムに共感しながら、しかし(彼女たちが望むと望まざるとに関わらず)性的にまなざされる身体が羨ましくもあった。自分の欲望に気が付かされることが苦しくて、せめて透明な身体になりたかった。
しかしいつしかその苦痛から、遠く距離が開いていたことに気が付いていなかった。それに驚いたのだ。
いつからだったのだろうか。「いつ」なんて転機が決められないくらいに、じりじりと少しずつ離れていたのかもしれない。きっとそうなんだろう。
たとえば風邪気味だからとお風呂に浸かること、たとえば自分の体にフィットした服を着ること、たとえば運動して体を動かす気持ちよさを感じてみること。
身体にアクセスして、身体<イメージ>にアクセスする。そうして緩やかに、「汚物としての身体<イメージ>」が瓦解していったのだろう。
かつて、「私の身体」は醜くて、汚くて、下卑た存在だった。
かつて、被抑圧的な対象=劣悪な他者として、「私の身体」はそこにあった。
いまは私の一部として連れ添っている。