小説②

『7/3』

キーンコーンカーンコーン…

完全下校時刻を告げるチャイムが僕らの間に響き渡る。

「先輩って、あんな感じで男に来られたらあっさり落ちちゃうんだ、びっくり、僕には全然落ちてくれないくせに」
「ん?なんて?チャイムうるさくて聞こえなかった」
「あ〜あ、…先輩って、先輩なのに、僕よりちょっと抜けてたりするところが"かわいくて"良いですよね〜って言ったの」
「...」

彼女は顔をしかめて頬杖をついた。目も合わせようとしない。わかりやすい。

「あー、先輩照れてる〜」
「…」

窓の外を見ると、教室を出て校舎の門に向かっている人がちらほらと見える。夕日は本棚の間を伝って彼女を照らしている。眩しい。帰りたくない。ずっと見ていると、なんだか頭がザワザワとしてくる。あまりにも眩しいので、今度は胃の上辺りがザワザワとうごめきはじめた。

「...わー、僕らも、帰らなきゃ…」
「別に〜?好きになってなんか、ないし〜…」

さっきのこと、知らん振りをしておきながら、しっかりと聞き耳を立てていたらしい。

「聞こえてたんじゃん…」
「告白も、断るし〜…」
「そうなの?」
「うん…あ、帰る?」
「いや、やっぱまだいいや」

「てかあの人って、結局だれ?」
「クラスメイト、多分」
「好きでもないのにあんな照れる〜?」
「えー、だって褒められたら照れるくない?」
「嬉しいけど別に照れたりはしないかなあ」
「そっかー」

カウンター机に出したシャープペンシルやら定規やらを筆箱にしまう。数冊の本も鞄にしまう。丁寧にしまう。綺麗に収納が出来るように入れ方を変えてみる。

「ちらっと見たけど、かっこいいよね、あの人」
「うん」
「うん?」
「まあ結論を言うと、あの人の、趣味嗜好に、興味が、ない。」
「はあ、あんなに照れてたのに?」
「面と向かって言われたの、今までないし…」
「初めて奪われちゃった〜?」
「はは、うわキモ〜、ふふ」

彼女は笑う時、少し顎を引く。長細い目が更に細くなって、涙袋と長い睫毛がより目立つ。困り眉になって、目線はいつも左下を向く。
今日は彼女の頬が赤い。夏だからか余計に。というか、夕日のせいでなんだか全身までもが赤く火照っているように見える。期間限定のパフェみたい。あの二割増しで着飾ってるようなやつ。ああ、贅沢だ、僕は。あつい。とにかくあつい。空調機の声もそりゃ歪む。

「かわいいな〜」
「…」
「って、そりゃ面と向かって言いたくなるよな〜」
「…うーん、大したことないと思うけどなあ」

また彼女は顔を歪めて目を逸らす。

「なんか君も、そうやって誰にでもかわいいかわいいって、軽くお世辞振りまいてそう」

絶対そんなことしない、とは言わない。先程のたらたらと長い彼女の描写だって、決して口に出さない。僕は意地が悪いのだ。

「意地悪な僕は嫌いですか〜?」
「好き、大好きアイラブユー!私は君にしか言わないけどねっ」
「…うん、うん」
「…」
「……まあ僕は先輩のお気に入りだからな」
「そうそう」

『完全下校時刻となりました
校内に残っている生徒は、すみやかに下校してください』

無機質な声のアナウンスが、何度も僕の耳を邪魔する。

「明日は映画の話をしよう、私は君と話をするのが好き」
「いいね」







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