1+1=2はどこから来たの?謎の演算を考える
「なんで1+1=2なの?」とか「1+1=2の証明は難しいらしい」みたいなやつはよく言われることで、数学と縁遠い人でも一度は聞いたことがある/疑問に思ったことがあるかもしれません。
今回はそんな疑問に直接答える話、というわけではありませんが、「1+1=2」というそれそのものについて興味深い示唆を与える話を紹介しましょう。
謎の演算「◯」
自然数に対して定義される、なんだかわからない謎の演算「◯」を新たに考えてみます。記号は適当であり、何でもいいです。
つまり、「1+1」や「2+3」みたいな感じで
1◯1
2◯3
4◯1
などの計算が可能なわけですが、◯はまだなんだかわからない演算なのでこれらの答えはわかりません。マジで謎の演算なのです。いまのとこ。
そしてもう一つ、「◯」を何回か繰り返した演算として「△」を導入します。具体的には、
a◯a◯a◯a◯…(n回)…◯a◯a
を
a△n
と書く、ということです(※1)。
「1◯1◯1◯1◯1」は、1が5回繰り返されているので「1△5」となります。逆に「5△1」は、5を1回しか繰り返さないということで「5」となります。
一瞬何じゃそりゃと思われるかもしれませんが、これは足し算と掛け算との関係性とまったく同じです。
1+1+1+1+1
つって1を5回足したものを
1×5
と書くことができますよね。これの一般化というか抽象化というか、+を◯に、×を△に置き換えたものが今考えている謎の演算になってます。
(※1 この演算には結合性もまだ課されていないのでちゃんとやるなら「a◯(a◯(a◯(a◯…)))」などと書かなくてはなりませんが、今回の話には結合性はあまり関係ない&見にくさによる脳の引っ掛かりを避けるためa◯a◯a◯aのように書いています。)
△に可換性を課すと…
さてこの謎の演算、自然数の上で定義されてる(自然数だけを引数に取る)ことを除けば、マジで何も定義されておらずなんもわかりません。
「結合法則を満たす」とか「交換法則を満たす」とか、「1◯2=?」とか「0を◯するとどうなる?」とか、そういう「演算」というものを定義するならば絶対に必要であるような様々な要件が、このままでは欠落しています。
で、ここからがかなり驚くべきことなのですが、この「◯」「△」という演算、「△」に可換性を課すだけで「1◯1=2」を結論できてしまうのです。
すげ〜
あ?
大丈夫です。説明します。
「可換性」というのはちょっと気取った言い方ですが、これは「交換法則を満たすかどうか」という意味です。
足し算や掛け算は可換性を満たしますね。1+2 = 2+1だし、3×5 = 5×3です。これに対して引き算や割り算は可換性を満たしません。
いま、「◯の繰り返しである」ということしか言っていなかった「△」という演算について、「可換性を満たす」、つまり任意の自然数a,bについて「a△b = b△a」だとしてみます。
こうすると、いま手元にあるものは
・「◯」という演算
・それの繰り返しの回数である「△」
・自然数を引数に取る
・「△」は可換である
ということだけです。
たったこれだけのことから、「1◯1=2」が結論できる、と言っているわけなのです。
もし「◯」が「+」だとしたら1◯1=2はあたりまえですが、別にそうは言っていないのです。
足し算や掛け算の性質の中でも、ごく一部のものを課すだけで1+1=2のようなものが結論できる、という話です。これは驚くべきことです。
だってそうでしょう。「◯」という演算についてはほとんど何も言われておらず、例えば「3◯5」や「10◯4」などの計算はいまだにできません。にも関わらず、「1◯1」だけは「2」と明確に結論付けられる、というわけですから。
見方を変えれば、これは「なんで1+1は2なの?」に一部答える内容ともなっていますね。足し算と掛け算とがそもそもそういう性質をもつから成り立つんだよ、という。(ただし、今考えている◯とか△は自然数しかとらないのでそこは不十分です)
証明
本当にそんなことが起きるのかを実際の式変形を見て納得していきましょう。一瞬で終わります。
「1△2」から考え始めます。これは△の定義より「1の2回繰り返し」ということなので、1◯1です。
また「2△1」も同様に、定義より「2の1回繰り返し」ということなので、2です。
△の可換性より1△2 = 2△1なので、1◯1 = 2です。(証明終わり)
おお〜
結局なんなのか
なかなかグッと来る話だとは思うんですが、これは結局どういう話なんでしょうか。
もちろん、前述の通り「1+1=2なのはなんで?」に一部答える話ではあります。「足し算」とか「掛け算」みたいに豊かな構造を前程しなくても、△は丸の繰り返しで、△は可換である、というわずかな条件を与えてあげるだけで、1+1=2に類するものが結論できる。
そのわずかな条件とは(自然数に限れば)確かに足し算と掛け算に対しても成り立っているわけです。掛け算は確かに足し算の繰り返しだし、掛け算は可換ですよね。なので「1+1=2はどこから来たのか?」に答える話にはなっています。
掛け算の可換性は大事だよね、という話とも言えるかもしれません。数学教育の話題で掛け算の可換性が問題になることがよくありますが、1+1=2というごく基本的な事実に対して、実は掛け算の可換性という方向性から説明を与えることもできるんだよ、という話なのかもしれません。
個人的には、数学でよく出てくるこの「削ぎ落とされた感じ」がキレイだな、と思います。証明も簡潔ですしね。△の可換性の使い方がキマってますよね。
まあ、数式は数式であってただそこにあるものでしかないので、その意味はこっちで自由につけてあげるといいでしょう。
では今回はこんなところです。またいずれ。
お知らせ
2016年からこんな感じで数学のおいしいところを紹介してきたはてなブログ「アジマティクス」ですが、結婚して子どもが生まれた→イヤイヤ期突入、記事が長大になりすぎてきて一本書く労力がはんぱない、などのさまざまな理由から最近更新が滞っていました。なのでnoteでもう少し気の抜けた感じのやつを新たに始めることにしました。
「移転」というわけではないので過去のはてなブログのほうがすぐに読めなくなることはありませんが、基本的にはこっちを更新していきたいと思っています。はてなブログにもnoteにもアジマティクスはあるよ、というだけのことです。
ただこっちでは数学の話だけではなく日記っぽいものも交じるかもしれません。noteって記事のカテゴリ設定みたいなのできるんだっけ?
最後にもう一つだけ、最近子どもも大きくなってきてマジで首が回らなくなってきたので、この記事を楽しんでもらえましたら、よろしければサポートいただけるとかなり助かります。下のボタンからできるそうです。いつもありがとうございます。お世話になっております。鯵坂です。