#26 クズの血脈【オキシトシなんとか】
青年期①⑥
――それで、結局どうされましたか?
「どうもしなかったです」
――何故?
「そのままでも、別れてもどっちでも良くなっていたんです。暴力を振るった罪悪感はあるし、先ほども言いましたが自分勝手にも気持ちが冷めました。なので、口煩く言われるくらいなら別に振られても構わないなと」
――うわぁ。
「進学も諦めていませんでしたしね。もはや意地です。それから、結婚もしたくありませんでしたし。結局無理だったんだと思います」
――彼女さんにそう伝えましたか? 時間を無駄に浪費させるのは良くありません。ちゃんと解放してあげてください。
「結婚に関するスタンスだけは伝えました」
――反応は?
「却って奮起させてしまったようです。こいつは更生させないと駄目だと。想像していたよりずっと情が深い人物だったようです」
――世間ではそれを駄目男製造機と呼びます。『私が居ないと、この人は駄目なんだ』という考えに陥ってしまう方のことです。七篠さんなんかと別れて次に行ったほうが絶対良いのに……。
「そうですね。本当に全くその通りなんですけど……松延さん、あなた本当に遠慮が無くなってきましたね。今朝の真面目で穏やかで落ち着いた雰囲気の松延さんはどこへ行ったのですか? 休憩中にどなたかと入れ替わりました?」
――七篠さんが、うじうじ悩んで、悲劇のヒロインぶっていて、駄目人間過ぎるのが悪いんです。もっとしっかりしてください。ここまできて、まだ進学に拘る理由も私にはイマイチ理解できません。
「はは、いちいちごもっともで何も言い返せません。進学に関しては……何でしょうね。私にもよく分かりません。今なら別の答えも出せると思いますが、当時は拘っていました」
――……。
「私の進学目的は生きるために役立つ知識を身につけたいというものでしたので、それこそ資格取得や通信大学、独学での勉強でも良いわけですし。何なら生きていく上で最も重要な経済力という武器を得るために就職するのが一番ですよね」
――そうですそうです。
「でも、当時はそうは思えなかったんです。ここで一度人生をリセットしなければと。そうでなければ先へは進めないと。そう考えていたような気がします」
――全く理解できません。できませんが、誰しもそのような拘りは持っている気がします。何を大事に思うかは人それぞれですので。
「松延さんにもそのような拘りはありますか?」
――勿論です。もう少し仲良くならないと教えてあげませんけどね。
「けち」
――五月蝿いです。それより続きをお願いします。そうですね……その後、再度彼女に暴力は振いましたか? また、その際の彼女の反応は?
「最初の暴力の時と同じような話題を持ち出された時に手を上げました。別れ話にも何度かなりましたが、結局なあなあな感じで終わることが多かったですね」
――それは何故ですか?
「私の生活は無味乾燥なものでしたから。冷めてしまったとはいえ、なんだかんだで彼女の存在には救われていました。フラれるならまだしも、自分からフる理由はありません。好きかと問われれば、勿論好きでしたし」
――反吐が出るほど自分勝手ですね。まぁいいです。彼女さんの方は何故?
「彼女は私を更生させようとしているようでしたから。この頃になると、精神科のある病院へ行くように勧めてきていました。もしくは誰か第三者を挟んでの話し合いをするべきと」
――どうしましたか?
「冗談じゃないですよ。第三者なんて挟まなくても自分に原因があるのは分かっていますから。そんなの話し合うまでもないと、話し合いを避けて逃げ回っていました」
――病院の方は?
「そちらも同じです。まるで異常者であると言われているようで腹が立ちました。言い訳になりますが、当時の私がメンタルケア全般に対する偏見を持っていたことも関係していると思います。『俺が病気だっていうのか? 馬鹿にしているのか』みたいに暴れて暴力を振るいました」
――完全に異常者です。なぜ違うと思えるのかが分かりません。
「はい」
――ですが、偏見に関しては一部納得出来る部分はあります。メンタルケアに対する国内の社会的認知度が高まってきたのは最近の話ですから。それで、結局は行かなかったんですね?
「暴れて有耶無耶にしたり、適当に言い訳をして逃げ回っていました。見れば見るほどに父そっくりで嫌になります」