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屋久島ひとり旅
大学3年のとき、休学していたわたしは
屋久島にいた。
正確には、タイに1ヶ月の旅にいくために
鹿児島でバイトをしていた。
1ヶ月くらい働けるだけ働いて
大学生にとっては大金を手に入れたわたしは
タイに行く前に、ついでだから屋久島にでも行くかと思った。
フェリーに揺られてたどり着いた屋久島は、
わたしの忘れられない島になった。
今でもわたしは、どの島が1番好き?と聞かれると
たった一度だけ訪れた屋久島のことを思い出す。
わたしが屋久島のことを大好きになったのは
島で出会ったあるおじいちゃんのことが大きく影響している。
すすむさんとの出会いは、島についてすぐだった。
島について、宿泊先のゲストハウスに向かったわたしは
チェックインを済ませると
宿でひと眠りするか、と思っていた。
旅先でもだらだらしたいのだ、わたしは。
真っ黒に日焼けしたわたしを見て
ベトナム人にしか見えないと何度も疑ってきた
ゲストハウスのオーナーはわたしの心を見透かしたように
ダラダラしようとしてるな、と言った。
屋久島にせっかくきたんだから
温泉にでも行ってこいと紙の地図一枚持たされて
宿から放り出されたわたしはしぶしぶ温泉へ向かった。
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2時間後、わたしはご機嫌だった。
温泉に入ってさっぱりしたし、気分も上々だった。
鼻歌を歌いながら、ゲストハウスに帰ろうと歩き出した。
ところが、40分くらい経ってもなぜか同じような景色が続くし、一向にゲストハウスは見えてこなかった。
ゲストハウスのオーナーが渡してきた紙の地図は
方向音痴のわたしには難しかった。
わたしはiPhoneのマップであの青い矢印が自分の向いている方向に合わせてぐるぐるしてくれるやつじゃないと帰れない。
そのとき、iPhoneの充電は切れていて
怠惰なわたしは紙の地図で帰れると自分を舐めていた。
逆によく行き道、温泉までたどり着いたな、と
自分に腹を立てながら歩いたが、いつまで経っても辿り着けない。
そのうち、温泉に入る前より汗だくになって
わたしはちょっと泣いていた。
めそめそしながら同じところをぐるぐるしていると
一台のトラックが通りかかった。
わたしは、トラックならきっと地元の人だから
道を教えてくれるはずと思って、いや思うより早く
トラックの運転手に声をかけた。
それがすすむさんとの出会いだった。
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道に迷ったんです、ゲストハウスまで道を教えてくれませんかと言うと、すすむさんは軽くわたしの地図を見て
そんなところ歩いたら何十分もかかるよ〜
送って行ってあげるから乗りな〜と言った。
すすむさんは屋久島で農業をしていて、
大きな木をトラックに積んで運んでいた。
わたしを乗せてゲストハウスに向かう途中、
島のことや息子さんが東京で働いていることを教えてくれた。
わたしが屋久島が初めてで、滝を見たいというと
すすむさんはまた軽やかに言った。
滝は車がないと見れないから明日の朝
迎えに来て見せに行ってあげるよ〜
そこから、朝すすむさんがゲストハウスにきて
車で島を案内してくれるというへんてこな旅が始まった。
お仕事大丈夫ですかというわたしに
息子たちもいなくて暇だからいいんだ〜と言って
すすむさんはいろんなところへ連れて行ってくれた。
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最終日、すすむさんは地元の人で賑う居酒屋に
連れて行ってくれた。
屋久島の焼酎に、三岳という焼酎があるのだけど、
すすむさんは三岳は屋久島の水で飲むのが
一番美味いんだぞと言って飲んでいた。
わたしは焼酎が得意じゃなくて、三岳も飲んだことがあるけど
そんなに好きじゃなかった。
すすむさんがあまりに美味しそうに飲むので
わたしも三岳の水割りをいただいた。
あの日飲んだ三岳は、今まで飲んだどんな焼酎とも違った。
屋久島の水で飲む三岳はどこかとろりとして
いくらでも飲めるのだった。
わたしは屋久島が楽しすぎて、一泊二日の予定を
何度も延ばしてすでに三泊四日になっていた。
タイ行きの航空券をもう買っていたので
そろそろ出発しないといけなかった。
チェックアウトをしたあと、
ゲストハウスまで来てくれたすすむさんと写真を撮った。
ありがとうございましたと繰り返すわたしに
いやいいんだと照れくさそうに返して、すすむさんは
トラックに乗って帰って行った。
わたしはバス停まで歩きながら、また泣いた。
見覚えのある道をめそめそ泣きながら歩いて
あの日とは全く違う気持ちで空を見上げた。
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屋久島は、よく雨が降るくせに
晴れると息をのむほど空が美しかった。
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