見出し画像

「磯焼けは、ウニのせい?」

今朝見たYahoo!ニュースのトピックに、「磯焼け」の話題が上がっていた。

敦賀に来て、頻繁に海に通うようになってから、この手の話題に目が向く。
どうして、同じような岩場なのに、海藻がまるで生えていないところがあるのか?(これを「磯焼け」と呼ぶらしいことは、何となく知っている)
ウニだらけのところと、そうでないところの違いは何なのか?
ウニが磯焼けを起こしていると言われているが、本当にウニだけが悪者なのか?
いろいろと気になっている。

こういうところには、ウミウシもいない

上記のニュースは、わかりやすさを重視して解説しているためだろうけれど、「磯やけの原因であるウニを取り除き、数か月育てて販売できる程度に中身を太らせることができれば、環境問題と、水産資源問題が一挙に解決できる」という論調で書かれていた。

しかし、Yahoo!ニュースのコメント欄には、以下の意見が投稿されている。

「えっ?そんなことってあるの?
驚いて、自分のカメラをチェックしてみると、昨日(2023年8月26日)の海水温は34.4℃。
海の中にいても熱中症になるのではないか、と思うほど温かかった。

「海藻って、海水温が高いと死んじゃうの?」
最初に浮かんだ疑問が、これだ。
そりゃ、海藻だって生きているんだから、快適に暮らしやすい温度、成長しやすい温度、というものがあるのだろう。
じゃあ、一体どれくらいの温度が適温なのだろう?
そもそも、海藻と一口に言うけれど、いろんな種類があるし、磯焼けって、なにも生えていない状態を指す言葉なのだろうか?
それとも、魚や貝、ひいては人間に都合の悪い海藻だけが繁茂し、食べておいしい海藻が生えていない状態を指すのか?
私は海藻についても、磯焼けについても、全く何も知らなすぎる。
順を追って、調べてみた。

磯焼けの定義

「磯焼け」(rocky-shore denudation)とは、沿岸の岩礁域等で海藻が繁茂する藻場が、本来の海藻の季節的な変化や多少の経年変化の範囲を越えて、海藻の著しい減少・消失状態が続き、海藻が繁茂しなくなる現象を指す。
磯焼け(藻場の減少・消失)により、海藻類(ワカメやコンブなど)を採集できなくなる。また、海藻を餌とする生物(アワビやサザエなど)や海藻を住処とする多くの生物(カサゴやメバルなど)もみられなくなる。磯焼けは沿岸生物の生態系全体に波及し、沿岸の漁獲量が激減して漁村の疲弊にも繋がる。
(中略)
なお、磯焼けは、必ずしも「サンゴ藻(石灰藻、ピンク色をし、石灰化した固い細胞壁を持つ紅藻類)が海底を覆い、潮下帯の磯全体が白っぽく見える」ことだけを言うのではない。これはむしろ磯焼けの原因となっている現象なのではないかとされている。

Wikipedia「磯焼け」

なるほど、磯焼けとは、おおざっぱに「ワカメや昆布が減って、それを食べておいしく育つはずの、アワビやサザエまでいなくなること」を指すのか。
海の多様性が失われ、人が困る方向へ変化することを指す言葉らしい。
それにしても、また知らない単語が出てきた。
サンゴ藻?

「サンゴ藻」って、どんなの?

ピリヒバ Corallina pilulifera(代表的サンゴ藻の一種)

これなら、よく見る。
古そうなテトラポットに、よくくっついている海藻である。
たしかに、このピリヒバが生えているところには、ゆらゆら揺れる柔らかそうな海藻が生えていなかった。
魚たちの隠れる所や卵を産むところが無さそうで、大量の魚の群れを目撃することの多い敦賀近隣の海にしては珍しく、あまり魚に遭わないのが、このサンゴ藻だらけの海だ。
昨日、泳いでいた34℃の海にも、このピリヒバが生えていた。
ということは、ピリヒバは、海が多少温暖化しようが、影響なく生きていける強い種なのだろう。
そして、たしかに、このピリヒバがたくさん生えているところには、ムラサキウニが多い。
では、ムラサキウニが、サンゴ藻以外の海藻を、残らず食べてしまうから、磯焼けが起きるのか?

ムラサキウニ

ムラサキウニが増えるのは、飢えに強いから?

最初に挙げた、Yahoo!ニュースでは、磯焼けとウニの増殖との関係を以下のように解説している。

まず地球温暖化の影響で海水温が上昇します。 すると海藻を食べる生き物、特にウニが冬場でも活発に活動し、多くの海藻が食べられてしまいます。ウニは飢餓にも強いため、海藻が少なくなっても増殖し続けます。しかしそのような状況で獲れたウニの中身は、こちらのようにスカスカなんです。

ここで私が引っかかるのが「特にウニ」のひとことだ。
ウニ以外にも、飢餓に強く海藻を食べるものはいるはずなのに、なぜ、ウニだけが選択的に増加しているのか。

答えは、いくつかあった。

①天敵の不在

ウニの捕食者としては、ラッコ、ロブスター、カニ、ヒトデ、肉食魚などが知 られ、これらが漁獲などの理由で減少すると、ウニが増え、磯焼けが拡大する。

水産庁資料「磯焼けとは?」P33より

②サンゴ藻とウニの共生関係

磯焼け域に優占する無節サンゴモ群落には世界共通してウニが多数増加する。無節サンゴモが揮発物質のジブロモメタンを常時多量に分泌し、ウニ幼生の変態を誘起するからである。無節サンゴモ群落で大量発生するウニは、無節サンゴモの表面に着生して発芽・増殖する多くの藻類を摂食する。その結果、海中林が形成できないので、磯焼けは持続する。無節サンゴモは成長にともなって表層の死細胞を人間の垢のように剥離するが、ウニはそれも効率的に摂食して除去する。無節サンゴモとウニとは共進化したと考えられている。

海洋政策研究所「磯焼け 失われゆく海中林」より

③温暖化によるウニの幼生の発育促進

さて、ウニは産卵期に、雄は精子、雌は卵を海水中に放出して受精します。受精卵は分裂して、その後、孵化した幼生は、食用のウニでは14日から40日に渡って海中を浮遊する生活を行います。その時期は、死亡率が極めて高いことが知られています。幼生はウニの形となる変態と呼ばれる発育過程を経て、ウニの子供、稚ウニとして海の底での生活が始まるのです。
ウニが増える二つ目の原因は、この死亡率の高い幼生の期間が、水温が高くなると発育が早まって短縮するからです。これによって、幼生は死亡を免れ、稚ウニの数の増加に結びつくのです。

NHK解説委員室 吾妻行雄「ウニによる磯焼け」より

つまり、ウニだけを海から取り除いても、ウニの味方のピリヒバが元気よく繁殖できる環境を何とかしない限り、磯焼けはおさまらないのではないか。
いくら人間が、ウニの天敵となって、最終捕食者となっても、おおもとの温暖化を止めない限り、ウニは減っても磯焼けは続くのでは?

さて最初の疑問に戻ろう。

海藻って、海水温が高いと死んじゃうの?

これについては、「海藻」と大雑把な質問をしていては、答えが得られない。
じゃあ、例えば、ワカメはどうなんだろう?
それについては、この動画が詳しい。

動画を見ている暇がない方のために、簡単に要約する。
ワカメの根元にあるメカブは、実は生殖用の器官で、このひだの部分から「遊走子(ゆうそうし)」と呼ばれるものを出す。
遊走子自体には性別はない。
これが、岩などに付着して成長をはじめ、この時初めて雄株と雌株に分かれる。
雄株は精子を作り、雌株は卵を作る。
その精子が、卵と受精することで、ようやくワカメの子株が細胞分裂を始め、成長を始めるというのである。
さて、ここから。
3分45秒あたりで「卵や精子は、海水の温度が高いと作られません」と言っている。
どの程度を「温度が高い」と定義しているのかわからないが、ワカメは海水温が高いと「死んじゃう」わけではなく、そもそも生まれることができないのだった。

昆布については、こちらの論文にたいへん詳しく書いてあって面白いが、長すぎて要約する気になれないので、興味がある方は読んでみてほしい。
たぶん、磯焼けについて書かれたものの中では、最新の研究結果だと思うので、私が上で挙げたようなことはすべて網羅したうえで、新しい知見が得られると思う。

結局のところ、磯焼けの原因は多様であり、ムラサキウニだけが悪者のように言われている現状は、ちょっと違うらしいということが分かった。
ハンマーを持って海に潜り、片端からウニをつぶして回るバイトをしたいと思っていたのだが、そんな簡単なことでは、生き物の豊富な海は回復しないらしい。
それがわかっただけでも、この長い文章を書いた意味があった。
(今日は自己満足の日)

**連続投稿573日目**



最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。 サポートは、お年玉みたいなものだと思ってますので、甘やかさず、年一くらいにしておいてください。精進します。