転出届
転出届は、2週間前から出してもいいらしい。
つまり、明日には転出届を出しに行けるということだ。
うかうかしていたら、あっという間に引っ越し2週間前になってしまった。
部屋には段ボールの山ができつつあるが、愚かな私はこのタイミングで、どうしてもやってみたい仕事を一件、引き受けてしまい、そちらが気になって仕方がない。
終わらない限り、そわそわして、引っ越し作業どころではないので、夫には、
「終わったら、その分頑張るから、1週間だけ毎日4時間の猶予を私にください」
と交渉し、その時間を確保した。
しかし、どうも、これがうまく伝わっている気がしない。
私は、まとまった4時間が欲しいのだ。
途中で集中を妨げられるのは、本当に勘弁してほしいのだ。
しかし、夫は何かにつけて部屋にやってきては
「ライフラインの解約と契約は、終わっているのか」
「作り付けの電灯はどれで、持っていくのはどれだ?」
「ブックオフって、レコードも引き取ってくれるらしいぞ、知ってたか?」
と、話しかけてくる。
ええええ?
ちょっと待ってよ、あなた、そういう人だっけ?
わざと邪魔しているわけじゃないとしたら、かまってほしいということだと思うのだが、うちの夫に限って、かつて「ぬれ落ち葉」と表現されれた、「定年後どこにでも妻にくっついていきたがる人」になるとは、考えにくい。
何なんだろう?と思っていたら、その理由が判明した。
夫にとって、引っ越しとは「共同作業」であり「プロジェクト」であり「メンバー全員で情報を共有しながら進めるもの」だったのだ!
ずっと会社で働いていた人は、こういう捉え方をするものなのか?!
例えば私は、「ライフラインの契約と解約」を誰かに任せたら、その時点で、その件は脳内のリストに「☑」がついて、私の管轄外の案件になる。
あとはよろしく、と『忘れていいものの箱』にその件がひょいと入れられ、実際、翌日には忘れる。
ところが、夫はプロジェクトメンバーの一員として、自分の担当外のことであっても、プロジェクトが無事に終了するまでは、目を配り、進捗を把握しておきたいらしいのだ。
入ってきた情報も、引っ越しに関係することは、逐一共有しておきたい。
だから、レコードなんて一枚も持っていない私にも、ブックオフがどうしたこうしたという話を、自分が忘れてしまわないうちに伝えに来るのである。
信じられない。
先ほども、
「転出届は、いつ出すのだ?」
と訊くから
「明日行こうと思っている」
と答えたら、
「そういうことは、聞かれる前に言え」
というので、かちんときて反論した。
「任せたなら、口出ししないで。全部把握できてないと心配なら、自分でやって」
すると、
「お前は、人と仕事をしたことがないから、そういう偏った考え方をするのだ。世の中では、共同作業というのは、情報の共有から始まるのだぞ」
と始まり、うんざりしてしまった。
世の中のことは知らない。
ここは、私とあなたが構成する小さな社会だ。
べつに、世の中の規範にあわせる必要はない。
私とあなたの間で、心地よいルールを作ることができれば、それでいいんじゃないのか?
私は、ペースを乱される今が、全然心地よくないのだが。
しかし、へたに反論するとさらに時間を取られる。
めんどくさいが、はいはいと聞いているふりでやり過ごし、これを書いている。
ここは、ネタができた、と喜ぶべきところなのだろう。
明日、転出届を出すついでに、また離婚届をもらってこようかと考える。
「私には、これを出す自由がある」と思えば、たいがいの不快な出来事は受け流せるから。
しかし、これは、私の焦りが生んだイライラである可能性が高い。
おとなしく仕事して、明日は転出届だけ出しに行こうと思う。
**連続投稿619日目**