辞める決心
最近、「いただける仕事を、一切断らずに全部書かせてもらったら、どれくらい書けるものなのか」と思い、挑戦してみている。
などというほど依頼もないので、書く量としては大したものではないのだが、毎日、着々と松山探検をして遊びまわっている夫を横目に、パソコンに向かう日々は、ちょっとした売れっ子感と、「1人で遊びまわりやがって」というムカつきが同時に味わえて面白い。
少し前までは、毎日遊び暮らす私と、働く夫というペアだったのに、立場が逆転してしまった。
なるほど、夫はこんな気持であったのか。
さて、その夫。
歯周病で抜け落ちそうな歯を守るためには、歯茎の血流を阻害するたばこが良くないと、ずいぶん前から知識として知ってはいたものの、
「アルコールを辞めている俺が、さらにニコチンまで辞められるのか」
と葛藤し、一歩を踏み出せずにいた。
ところが。
昨日、意を決して禁煙外来に出向き、ついに禁煙も始めてしまった。
病院でお医者さまに「今日からタバコをやめます」という誓約書まで書いてきたのだという。
いざとなったらそんな紙切れ一枚、いくらでも破れると思うのだが、(実際、「もう飲まない」という誓約書は、過去に何度も書いてもらったが、守られたことはなく、どんどん信頼だけが失われていった)家族ではない他人との約束は、案外重いものなのかもしれない。
甘えが無い分、破りにくいのだろう。
依存症の治療は専門家を頼れと言われるのは、こういう事なんだなと実感する。
「俺は、酒を辞めた時、パラレルワールドに入り込んだような感覚だった。でも、酒は今までにも、何度かやめていた期間があるので、まだこの先の展開が想像できる。煙草は吸い始めてから、やめたことがないので、体からニコチンが抜けていくまで、どんな感じになるのか、全く予想もつかない。また別のパラレルワールドに入り込んだようで、本当の自分じゃないような、ふわふわした落ち着かない気分だ」
風呂上がりの夫が、肩に大きなニコチンパッチを貼りながら私を振り返る。
「医者が言うには、やめてから2日目、3日目が一番大変らしいから、俺を刺激しないでくれよな」
そう来るか、と思った。
正直、とてもめんどくさい。
普段から、他人の落ち度を探して生きているような細かい人間が、さらにイライラと神経を高ぶらせた状態で、いつも以上に粗さがしを始めるのか、と思うと、想像しただけでげんなりした。
私は、決して夫を刺激したいわけではない。
しかし、夫が私の行動の中に、勝手に刺激を見つけて怒り狂うのが、容易に想像できる。
仕方ない、その間どこかに旅行にでも行こうか?
けれど、最初に言ったように、仕事を詰め込んでいるので、そうもいかない。
それに、依存症の人間の離脱症状を近くで観察できる機会なんて、そうそうないだろう。
多少の不快は我慢しながら、見届けることにしよう。
それにしても、酒もたばこも、家族のためにやめようとは思わなかったくせに、自分の歯のためになら辞められるんだな、と思うと、なんだかデジャビュ感があった。
ああ、そうか、父と同じだ。
父も、家族のためには、酒を辞められなかったが、医者に
「あなたこのままじゃ死にますよ」
と言われた途端、ピタリと飲むのを辞めたのだ。
それはそれは、見事なくらいに。
まさか、辞められると思っていなかったので、こちらが驚いた。
ふーん、私たちのためには辞められなくても、自分のためなら辞められるんだね、と寂しい気持ちになったのを覚えている。
まあ、でもそういうものなんだろう。
人は基本的に、誰かのためになんて生きてない。
父や夫が、「私のためには、酒を辞めようとは思わなかった」からといって、特に傷つくようなことではないのだろう。
自分の欲求より、他人である私を優先していたとしたら、そっちの方が異常だし怖い。
そんなことで、新たに「愛されていない」と距離を感じるよりも、私は私を癒すことに専念した方がいいのだろう。
他人がすること、しないことで、いちいち揺れない自分を作ったほうがいい。
依存症の人と付き合う家族は、自分も毎日何かを迫られているような気がする。
それだけびったりと、貼りついて剥がせない状態で生きている。ってことなんだろうな。
**連続投稿653日目**
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