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【論文紹介②】50:50共同養育が子供にはベスト、と思ったら女性にもベストだった〜スペインのEPT法の影響〜

■今日紹介する論文は、こちらの2つ

同一の著者による、スペインのEPT法をテーマにした2つの論文です。

(1) 「家族の行方及びティーンエイジャーの危険行動に対する均等養育時間法の効果:スペインでの証拠」
The impact of equal parenting time laws on family outcomes and risky behavior by teenagers: Evidence from Spain
著者:ダニエル・フェルナンデス=クランツ(スペインIE大学准教授)他
雑誌:Journal of Economic Behavior & Organization
発表:2022年

(2) 「危機に瀕した購買力:共同親権法制が家庭内暴力に及ぼした影響」
Bargaining under Threats: The Effect of Joint Custody Laws on Intimate Partner Violence
著者:ダニエル・フェルナンデス=クランツ 他
雑誌:The IZA Discussion Paper Series
発表:2020年

■結論からいうと、父母均等監護(EPT)を離婚後のデフォルトにした自治州では、子供の危険行動は減り、女性の離婚後の就職が増え、男性の育児参加が増え、加えて家庭内暴力も大幅に減った。

子供の規律などに関しては、マイナス面もあったのでEPT法のほうが良いけれど圧勝というほどでもない印象でした。一方、女性の就職増加や女性への家庭内暴力減少など、EPT法があると女性にとっては圧倒的に望ましい結果でした。ではさっそく、見ていきましょう。

■まず、スペインのEPT法とは?

EPT法は「Equal Parenting Time」の略で、日本語に訳すなら「養育時間均等法」でしょうか。離婚後も父母共に子供の養育に均等に関わることを推進する法律で、スペインの17自治州のうち5州(人口でいうと約4割)で2009〜2011年以降に採用されています。この名前の法律があるわけではなく、著者による呼称です。共同親権関連の言葉の中でも、「共同監護 (Joint Physical Custody)」「共同養育 (Shared Parenting)」などに近い意味合いですが、離婚後に父母が子供と関わる時間が均等であるという点がより強調されています。

■EPT法の導入経緯

スペインには、国全体に通用するスペイン民法と、自治州内でだけ通用する自治州民法があります。日本だと自治体の定める条例は、国の民法より低い立場ですが、スペインでは自治州民法の方が国全体のスペイン民法よりも優先されるそうです。スペイン民法は2005年に身上監護権についても父母が共同行使できるように法改正されました(Joint Physical Custody)。しかし、それはあくまで父母の両方が同意した場合のみ適用だったので、子連れ離婚全体の10%程度で頭打ちになり、実際には法改正前と同じく、子供の身上監護については母親が単独で親権を取得する状態が続いたそうです。ちなみに、法的監護についてはもっと昔から共同親権になっており普及していたとのこと。また、2005年改正時に同時に破綻主義離婚(有責自由がなくても一方が離婚したいと宣言すれば離婚できる制度)も導入されています。

そんな中、アラゴン、カタルーニャ(バルセロナがある州)、バスク、バレンシア、バレアレス諸島などスペイン東部の5自治州では、2009〜2011年に相次いでEPT法を成立させる流れが起きました。これにより、これら5州ではスペイン民法より一歩踏み込んで、『別居後も父母の子供に対する権利義務は変わらない』『父母は子供に対して等しい権利を持つ』『裁判官は子供の福祉のために、別途理由がない限り共同監護を優先すること』『一方の親が単独親権がいいといって反対しただけでは共同監護を止める理由にはならない』などが定められました。その結果、これら5自治州では、離婚時に共同監護の決定がされることが、EPT法成立前の10%から、5年で一気に40%越えまで増えたそうです。なお、この立法の中では、「DVの証拠が認められた場合または合理的にDVの可能性が高いと裁判官が判断した場合は、その親には親権は与えられない」とも明記されています。

このEPT法の具体的な条文について、アラゴン州の例を調べてみたので、別の記事で紹介したいと思います。本記事ではこの論文の趣旨である、EPT法の導入がどのような効果をもたらしたかについて、見ていきましょう。

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■養育時間均等法(EPT)により、子供の危険行動は減り、女性の離婚後の就職は増え、男性の育児参加も増え、家庭内暴力が大幅に減った。

①EPT法による子供への影響

EPT法を導入した自治州で子供にどのような影響があったか著者らが全国サーベイのデータを元に分析したところ、
 ・危険行動は有意に減った
 ・男児と父親との関係が良好化した
 ・「親による家庭内ルールが明確か」についてはマイナス効果だった

という結果が見られました。それを表にしたものが下記になります。指数なので直感的に大きさが分かりづらいのが難点ですが、例えば危険行動指数の-0.013というのは、標準偏差の2.3%分の減少ということだそうです。有意差ではありますが、大きさとしては小さいですね。データの制約から離婚家庭と一般家庭も混ぜて分析されているので、そのせいで差が見えづらいということはあるかもしれません。

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②EPT法による女性の就職への影響

EPT法を導入して父母の共同監護が普及したことにより、離婚後の女性の就労数が如実に増えたようです(下図)。

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EPT法が離婚した母親の就労を増やした理由として、著者は「単独監護では育児のために時間を取られ、仕事に割く時間が減ってしまうから」であろうとしています。もう一つの理由として、単独監護の方が養育費を多くもらえるので働くインセンティブが減るということも考えられますが、利用可能なデータがなく論文中では検証されていません(Chiappori 2017のカナダの例やRangel 2006のブラジルの例では養育費により女性の就労が減るというデータがあるそう)。

さらに、EPT法の成立は離婚家庭だけでなく、通常の家庭でも男女の労働時間に大きな変化をもたらしました。EPT法成立後、一般家庭の女性の就労は8%増えた一方で、男性は仕事の割合がマイナス約17%と大きく減少しています(下表)。こうした結果はアメリカでの共同親権導入時にも見られたそうです(Nunley and Seals 2011,  Altindag et al. 2015)。共同監護が一般的になることにより、離婚していない家庭でも男性はより仕事よりも育児に時間を割くようになり、女性はより仕事に時間を割くようになっています。日本で近年、女性の社会進出と男性の育児参加が課題となっていますが、EPT法はまさにそれを後押しするような効果があるようです。

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③EPT法によるDV件数への影響

EPTを導入したことにより、「子供のいる夫婦」における女性への家庭内暴力の件数が、-45%、約半分という大幅な現象を見せました(下図)。EPT法を導入しなかった他の地域では、家庭内暴力の件数は減らなかったようです。国による全国DV調査を使用しているためデータのサンプル数も数万件と多く、信頼できる内容と思われます。

※なお論文中だとDV(家庭内暴力)ではなく、より一般的な単語であるIPV ( Intimate Partner Violence) が使われています。また、身体的、精神的、性的暴力全てを含んだ数字です。

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EPT法導入によるDV減少の恩恵を受けた女性グループには明確な特徴がありました
 ・教育水準が低い
 ・就労していない
 ・30歳以下より30歳以上で多い
 ・もともとは単独監護が多かった地域
上記のような女性たちの間で、DVの発生件数が半分以上減少していたのです。このような特徴が見られたことについて、分析から以下のようなことが示唆されていました。
 共同監護になると養育費が減ってしまうので、特に教育水準が低く就労していない女性の中に、養育費をもっと欲しいが故に共同監護に反対する女性がいました。そしてEPT法導入以前は、反対さえすればほぼ確実に女性が監護権を取り、したがって養育費もより多くもらえていました。しかしそうなれば、男性側から見れば子供もお金も失うため非常に不利で、しかも破綻主義なので女性側が離婚しようと思えば男性側はなす術がありません。そこで離婚を無理やり思いとどまらせようとして一部の男性がDVに及ぶケースがあったということのようです。それがEPT法成立により監護権について男女の交渉力が均衡するようになったため、男性の一方的な不利が緩和され、DVが減ったということのようです。そこには自分の生活のために親権を使用する女性と、それを暴力で止めようとする男性という、どちらも最低な、グロテスクな構造がありました。
 さらにグロテスクな現実として、EPT法成立以降は、全国のDV調査でも裁判所の判決数としてもDVは確実に減ったのですが、ただ一つ増えた数字があります。「警察へのDVの申告数」です。EPT法ではDVがあれば共同監護にしなくて良いことが明記されたため、EPT法成立以降はたとえ無理筋でも強硬にDVを主張し、なんとか単独監護権を得ようとする女性が増加したらしいです。それによりDVの申告数は増えたものの、スペインではDVの裁判は親権問題とは別の裁判所で厳格に行われるので認められず、そのまま却下されるDV申告が増えるという結果につながったようです。これは日本で一部の人が主張しているDV冤罪と同様のものかもしれません。

④EPT法による離婚率への影響

最後に、EPT法の導入州では、離婚率にも変化が見られました。
 ・離婚率はEPT導入州では上昇
  子無し夫婦離婚率は上昇、子あり夫婦離婚率は短期的に減少後、上昇
 ・非同意離婚(≒裁判離婚)の割合が減少。
   →父母の交渉力が均衡したことで、調停が機能して同意が増えた
 ・子あり夫婦で、妻側からの離婚申し立てが減少(子無しは変化無し)

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■脱線:破綻主義とDVについて

EPT法がDVを減少させた点について追加で記述しておきます。

一方が離婚したいと思ったら有責事由がなくても離婚が成立する「破綻主義(No-fault Divorce、Unilateral Divorce)」についても興味深い話があります。海外では破綻主義離婚の制度がある国が主流になりつつありますが、愛情が冷めて性格も不一致なら無理に結婚を続けるよりも離婚した方が良い、というイメージから、日本でも導入すべきという声があります。確かに、アメリカではStevenson (2006) によると、破綻主義を導入するとDVの件数が減っています。そしてそれは、破綻主義により女性の交渉力が増したためであるとAizer(2010)やAnderberg(2016)が報告しているそうです。しかしその内訳をよくみてみると、Brassiolo (2016)は、破綻主義により子無し夫婦では確かにDVが減るが、子あり夫婦ではDVが増加すると報告しています。

一見混乱する内容ですが、今回のスペインのEPT法の研究結果を踏まえて著者のFernandez-Kranz博士の示唆するところは次のようなものです。「破綻主義で女性の交渉力(Bargaining Power)が高まることで、子無し夫婦での家庭内暴力が減少する。しかし子あり夫婦では破綻主義+単独監護権では女性の交渉力が圧倒的になり過ぎてしまい、逆に追い詰められた男性による家庭内暴力が増加する。そこでEPT法により子あり夫婦における男性の交渉力を増すことで夫婦の交渉力が均衡し、家庭内暴力が大幅に減少した」。

同様の話として、Dee (2003)によると、女性の方が財産分与面で不利になりやすい制度があったアメリカの州では、破綻主義を導入したところ離婚時の妻による夫殺害が有意に増加したそうです。つまり、離婚時に夫婦の一方だけが有利になるような制度があると、男性であろうと女性であろうと、追い詰められた配偶者が暴力を振るう悲惨なケースが出てくるということのようです。男女平等な制度は大切ですね。

■その他、興味深い情報

Martin Halla 2013のアメリカの研究で、今回のスペインの研究と類似した変化が見られたそうです。

■雑感

単に自分の理解力不足かもしれませんが、1000人あたりの離婚数と言いつつ%表示の部分があったりと、若干数値が本当なのか迷うような記述の箇所がありました。先行研究の方式にしたがっていろいろな数値補正や指標化を行っていますが、引用先の論文までは読めていないので理解の不十分な記載があったら申し訳ないです。

内容としては、前回紹介したニールセン教授の2018年のレビュー論文を追認する形で、共同親権、特に今回の場合はEPT(父母均等監護)の場合に子供の危険行動が減るなどの良い変化が見られました。さらには、DVの減少や離婚後女性の就労増加など、近年日本の課題とされている問題にも大きな改善が見られました。裁判離婚が減り、調停での夫婦の話し合いが機能するようになったということも地味に良い変化かもしれません。

著者のフェルナンデス=クランツ博士は、家族経済学や労働経済学に関してのベテランの研究者の方のようで、これまでにもパートタイム労働の女性についての論文なども書いているようです。そのためEPT法が社会に及ぼした影響を定量研究することはその流れで行われたものと思います。ただ、なんとなく文章の雰囲気からするに、この博士も離婚して子供と会えなくなった経験があるのではないかなという気配を感じました。博士の在籍するIE大学は首都マドリッドにあり、マドリッドはEPT法を導入していないのですよ。。。(もちろん、研究はガイドラインに基づいて利害関係の無いようにまとめられているようです)。


■自治州のEPT立法が、法務省の24カ国調査のスペインの項で触れられていない。2009〜2011年の事なのに。

24カ国調査ではスペインに関して、全土に適用される民法だけを調べており、自治州のEPT法に関しては触れていません。非常に示唆に富む法改正なのに、なぜ触れていないのでしょうかね。。。確かにスペイン全土の法律ではありませんが、人口の4割ほどをカバーしているし、先進的な内容であるし、10年の蓄積によって社会に好影響があることがわかっているのに。

前回の論文紹介記事でも書きましたが、法務省の調査で海外の共同親権反対派であるスミス教授やエメリー教授ばかりが引用されていました。偏った調査がされていないことを願うばかりです。

父母の離婚後の子の養育に関する海外法制調査結果の公表について


以上






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