反・自殺論考5.自殺しなかったヴィトゲンシュタインの後半生の全部
「君は悲劇に合ったことがあるか」
「どんな悲劇かにもよりますが」
「自殺とか、発狂とか、不和だよ」
この会話は1938年の初頭、セオドア・レッドパスという学生との散歩中に交わされた。二十年前に『論理哲学論考』を書き上げ、哲学をいったん止めてからのヴィトゲンシュタインが、珍しく「自殺」という言葉を口にした希少な一場面である。
ひょっとしたら、生涯最後の機会かもしれない。ということは、さすがにないかもしれない。だが、そう考えてしまうほど、彼の後半生から「自殺」に関わるエピソードを見つけるのは難しい。
それこそヴィトゲンシュタイン家に生まれながら自身は自死と無縁で、せいぜい他人が死ぬのを阻止した逸話があるだけの男、兄パウルの全生涯から見つけるのと同じくらい難しいのである。
そう、阻止したのだ。
「死なせてやれ!」
と叫ぶことで、結果的に。
欄干を乗り越え、橋から飛び降りる寸前だった男は、杖を振り回す片腕の老人のほうに群衆の注目が集まり、もう誰も自分に関心を持っていないことを察すると、人知れず立ち去ったという。
なお、ヴィトゲンシュタインが件の会話を交わした、とされる年の六月、ルートヴィヒとは長らく不和だった元義兄──三姉マルガレーテの離婚した夫──が自殺している。癌に侵され、ナチスに資産を凍結され、父親も叔父も叔母も自殺で亡くした、無職の65歳だった。
なぜ死ななかったのか
教師になる前「どん底」に落ち、そこから「浮かび上がれない」と訴えていた31歳のヴィトゲンシュタインが、山村の小学校教師になって以来、死ぬ死ぬ言わなくなったのは何故か。
日々の仕事が自殺の歯止めになったのか。あるいは子供たちに童話を読む生活に本当に救われたのか。はたまた加齢によるホルモンの影響か。
理由が何であれ教師をしていた五年半、村人や同僚との軋轢という外的事情に相変わらず悩まされ、もはや自分の人生は余談に過ぎないという内的懊悩にも苦しんで、ようやく出版に漕ぎつけた『論考』は誤植だらけという悪夢にも見舞われながら、ヴィトゲンシュタインは死ななかった。
1926年に生徒の一人を殴って気絶させ、逃げるように退職し、告訴されて裁判に出廷したら精神鑑定を命じられ、出家を志しても許されずに再び庭師になる等、他人から見たら以前の「どん底」状態より「底」にも思えるが、自殺の気配どころか未遂の気配すらないのである。
ところが三姉マルガレーテは精神病の気配なら察したらしく、治療の一環として彼女の新居の建築を依頼する。
承諾したヴィトゲンシュタインは、元々の設計者だった友人パウル・エンゲルマンとともに計画に加わり、途中から主導権を握ると、近所に住み込んで「建築家」を自称し、
という言葉を残すほど没頭した。せいかどうかは分からないが、現場で足を負傷。療養中に出逢ったのが、
三姉(写真右)の息子の友人だったマルガリート・レスピンガーである。
彼女は美術学校に通うスイス人のご令嬢であり、デートの食事はカフェで卵とパンとミルク、観る映画は西部劇、肘の擦り切れたジャケットを常に着用、という十五歳上の中年男性と忍耐強く交際したものの、1931年のノルウェー旅行中、独りで自分の山小屋に泊まったヴィトゲンシュタインが、村の農家に泊まったマルガリートの鞄に聖書を忍ばせ、手紙を「コリント人への手紙」の頁に挟む、という遠回しのプロポーズをしてフラれたことで、二人が結婚する未来は永遠に潰えた。
ともあれ家が完成する年の3月10日、ヴィトゲンシュタインは知人に誘われて某数学者の講演を聴き、帰りに寄ったカフェで突如、長らく守っていた"沈黙"を破る。
果たして翌1929年1月、半ば伝説的存在として39歳でケンブリッジ大学に帰還するも、自ら著した『論考』の思想に徐々に批判的になり、数年後、後期哲学の代表作『哲学探究』の制作に着手するのは、周知の通りである。
だから最終章では敢えて、周知されていない後半生の「余計なエピソード」を紹介したい。入学当初の十七年前、指導教官に任ぜられるや「最初から彼が私を教えていた」という名言を残してその任を降り、ただの大学生だったヴィトゲンシュタインにも「最初から彼が僕に教えるものを何も持っていないと分かった」と迷言を吐かれた論理学者、W・E・ジョンソンから「彼の帰還はケンブリッジにとって災難だと思う。彼は議論が全くできない人間だ」と言われた、という類のどうでもいいエピソードを。
厳密に言えば、このようにしても理由的なことは説明がつけられないと確信している。要するに何故ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインは死ななかったのか、多くの人たちが沈黙を守っている全てのものを、駄弁を弄することで本稿の中に保持したのである。
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