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【民俗学】赤い封筒やムカサリ絵馬は誰のため?死者を悼む冥婚の民俗学【VTuber諸星めぐる】


はじめに

みなさんは、SNSで昔流行した「赤い封筒は拾ってはいけない」という警告メッセージを聞いたことはありますでしょうか?
この赤い封筒は、【古い冥婚の習慣】で拾ったものは【死者と結婚させられる】というもの・・・
知らない情報ばかりでドキッとしますよね。


この赤い封筒の実際は、確かにそういった習慣は【ごく一部の地域でかなり昔にあった特殊な儀式】で、現地でも知らない人が多く、これがSNSの画像投稿を介して日本においてオカルトミーム化したという流れだそうです。


この冥婚というのは、本当に怖い習慣なのでしょうか?
日本にはこのような冥婚の習慣は無いのでしょうか?

めくるめくめぐるの世界へようこそ、GAMABOOKS書店員VTuber諸星めぐるです。

今回はそんな冥婚の民俗学について解説していく読むアーカイブです

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冥婚って何?



そもそも、冥婚とは何でしょうか。
これは基本的には、生者と死者に分かれた者同士が行う結婚を指します。
(基本的には、というのがミソです)
神話の場合は冥婚譚と言い、古代エジプトの、弟に殺された太陽神オシリスと生ける女神イシスの死後の世界での結婚などが例に挙げられます。

習俗としては、中国を始めとする東アジアと、東南アジアに古くから見られます。
ただしこの冥婚、実はとてつもなく複雑です。


まず、先述の冥婚の定義ですが、実は、あいまいです。
学術用語の統一もなされていません。

もともと冥婚は中国の死者と死者を婚姻させる習俗のみを指していたのですが、地域や時代によってさまざまなケースが存在し、それ全てに「冥婚」という言葉を用いて論じることは難しく、論文においてもそれぞれの定義によって論じられることがほとんどです。


海外の例


「冥婚」中国


基本的には死者と死者を婚姻させる習俗を指します。

漢民族において、死霊の強い思いからなる霊威を忌避し、祖先に守護してもらうことを願う祖先崇拝には、道教の影響がみられます。

このため、霊魂観も複雑化しています。
※霊魂……肉体とは異なる存在で、肉体に宿り支配する精神的実体。

魂魄は、魂と魄はそれぞれ子孫に及ぼす霊威が異なります(陰陽)
正しく崇拝がなされれば祖先は神になるし、不十分なら鬼(魂:悪霊のこと)になります。
このため、未婚の死者に対しては祖先となる条件を立てるために冥婚が行われたのでした。
この時の冥婚も、冥契、冥配、幽婚、鬼婚、配骨、陰親、陰婚など呼称は様々です。
地域的呼称まで入れればもっとあるようです。

この冥婚は、死後数十年たってから行われ、極めて特殊な供養儀礼となります。
元々は夫婦合葬の体を整えるための、死者への哀惜(あいせき)・慰撫と死霊への畏怖の念がみられる儀礼でした。
他にも位牌婚が実際に死者をめとる習俗に変わったケースもあります。


「死後結婚」韓国


死後婚、死婚、魂魄結婚、チュグン・ホニン(死んだ人の婚姻)などと呼ばれます。

この冥婚は死霊祭において死霊を祖先神に転換させるために、未婚の死霊や不慮の事故で死亡した死霊に対してなされる儀式です。

冥婚における日本の例

「ムカサリ絵馬」山形


ムカサリは「迎えられ」からくる結婚の方言です。
絵馬自体は正装の故人と架空の花嫁の婚礼の様子が描かれており、それを奉納する死者供養の風習です。

つまり、ムカサリ絵馬はあくまで絵馬信仰の延長線上にあるわけです。
絵馬信仰とは、「日常生活の延長に描かれた願望」を神様にとどけるものです。


ムカサリ絵馬の歴史と背景

現存するムカサリ絵馬の初出は明治20年ごろと言われています。
もっとも古いものは明治28年のものが知られています。

この当時の絵柄は「明治の上層の結婚図」でした。
さらに絵馬に絵を描くのは親族か画家(住職の場合も)の役割でした。
この二つの点から、跡取りの死により断絶された構造を、象徴的な結婚により回復する宗教行為としてムカサリ絵馬を奉納することで、死者の恨みを解消し、安堵感を得ることにつながったと櫻井義秀先生は述べています。


影響1:明治以降の家制度と継承の価値観

結婚と弔い上げ(冥婚)を行うのは、子孫を残すことなく死を迎えた状態にある霊に対し、象徴的に通過儀礼を施すことで、先祖になりえなかった者たちに便宜上家の成員権(先祖代々の一員となる権利)を与えることで霊が安堵するだろうと考えられています。

当初のムカサリ絵馬とは、明治から大正にかけての日本の家制度における継承の問題と大きく関わっている習慣だったと考えられます。

この背景には、当時の山形県において様々だった相続慣行が明治民法によって長男子相続に一元化されたことも大きな影響を与えたと考えられています。

さらに明治後期から、戦死者の祀りと結婚式はより特別な意味を持ちます。

影響2:民間信仰「観音信仰・観音講」

その他の視点として、民間信仰の影響が考えられます。
ムカサリ絵馬の多く奉納された山形県の山形盆地を中心とした村山地方では、観音信仰が盛んでした。
この観音信仰とは、現世利益と追善(亡くなった人の冥福を祈って善行を積むこと)の性格があります。

このため現世利益を願うために、絵馬奉納が行われたことが考えられます。


影響3:民間信仰「オナカマ」の助言

もう一つ、村山地方にはオナカマの習俗がありました。

このオナカマとは、中山町の岩谷十八夜観音を総本山として栄えた、口寄せ・加持祈祷・卜占などを行うオナカマと呼ばれる盲目の村巫女たちのことです。
そして、オナカマによる死者の口寄せは、「特別な思いを残して亡くなった場合」に限られていました。

このオナカマは昭和後期まで、【困りごとやもめごとがあったらオナカマに頼る】とあるように、日常的に深く存在していました。



「花嫁人形」青森


花嫁人形とは、津軽地方の若くして亡くなった人に人形の伴侶を添わせて供養する「花嫁人形供養」の風習です。

この風習は、昭和12年の写真奉納の事例から、西の高野山と呼ばれる弘法寺から他の寺院や地蔵堂へ伝播したと考えられています。
そして、人形の奉納習俗が本格化したのは昭和60年代以降でした。


影響1:奉納先の弘法寺のテレビ取材


青森県つがる市にある弘法寺は、昭和30年頃までは高野山九十九寺といわれました。しかし、和歌山県の高野山に対して、極楽浄土を表す西をもって西の高野山と呼ばれるようになったため現在の名前になったとされています。

この弘法寺は、終戦後戦死者の家族が奉納したのが始まりとされ、未婚の死者供養儀礼の中心地でした。
そして昭和40年、57年のテレビ放映により花嫁人形の習俗が広がり、全国から奉納者が集まるようになり、それを見た人々が地元地域の寺にも花嫁人形を奉納したと推測されています。

このように、花嫁人形は比較的新しい習俗であるため、ムカサリ絵馬にあるような祖霊崇拝よりも、現代的な死者供養の意味合いが強いようです。
つまり、「成仏しただろうという安堵・癒し」に重きが置かれていると考えられています。
喪失の悲しみ、辛さという感情を共有し、喪に服し回復するプロセスが儀礼化したものが追悼・供養です。

影響2:憑依巫女「カミサマ」


霊魂の不滅を信じ、そのために死後の世界を想定し、そこでの死者の願いを供養として行うなかで、
青森県津軽地方には「カミサマ」と呼ばれる恐山のイタコのような憑依巫女(カミサマは時代によって口寄せできる範囲が変化している)の存在も、死者供養のプロセスもかかわっているようです。

影響3:民間信仰「地蔵信仰」の延長


花嫁人形の習俗のある地域においては、地蔵信仰の影響が大きかったようです。
地蔵信仰は、従来の信仰では地獄に行くはずだった、祀ってくれる子孫をもたない無縁の霊、未婚のまま死んだ者も、地獄の境で救済してくれるという信仰があります。

まとめ 冥婚の観点


このように、一言に冥婚と言えども、それぞれのルーツの「祈り」が異なります。

櫻井先生はこのような冥婚の観点と特徴を次のように分類しています。

冥婚の観点
➀慰霊・解冤型
②祖霊昇格型
③入養・立嗣(りっし)型

特徴
➀死霊婚は男女の死者を夫婦にして弔うのが古い形
日本のような片方だけの慰霊の冥婚は準冥婚

②死霊婚の契機は慰霊と解冤、および祖霊への道をひらくことが混在

③遺骨合葬は父系出自集団ならではの葬法

④位牌を死霊の拠り代として冥婚の主役に置くのは華人社会

⑤シャーマンの介入は全くないとことはない




さいごに


なぜひとはムカサリ絵馬を【怖い】とかんじるのか?
ムカサリ絵馬について、事前の知識のある方は怪談の題材やホラー漫画の題材としてのイメージが強い人も少なくないと思われます。
なぜでしょうか?

死者の霊威


日本の冥婚の例を見るに「死者ではなく、生者が結婚にこだわっている」場合が多いと考えられます。
そして、その背景にあるのは「生者の死者への恐怖」です。
このため、残された人々は強い思いを持つ死霊を慰撫し、祀りあげる儀式で霊の力を加護に転換させてきました。

メディアミックスと知識と恐怖


先述の通り、冥婚にまつわる情報は、フィクションであるマンガや映画だけでなく、花嫁人形や赤い封筒の例のように報道番組などで取り上げられるケースもありました。
このため、事情を説明されていない不特定多数の人にも、名前とインパクトの情報のみが残っていき、価値観の変化と迷信化の混同が行われたことも要因と考えられます。




怖いと思う自分自身の気持ちに対し、「なぜそうなのか」「どうしてそう思うのか」を調べたいと思う好奇心を大切にしていくことで深まる面白さもあると思います。
民俗学はその好奇心に対し、さまざまな答えや価値観を教えてくれる視点です。
ぜひ、みなさんも自分の好奇心を大切にしてみてください。



参考書籍


「死者の結婚」櫻井義秀
ISBN: 9784831826756



今回はここまで
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