「どんな仕事」をするかより、「どう仕事」をするか。
会社員を辞めて、5か月が過ぎました。
ここ数日、ようやく「働くこと」という言葉の周りにあった霧が、少しずつ晴れてきたような気がしたので、その過程を残しておこうと思います。
わたしはTwitterの肩書きに「ゆるフリーランス」なんて書いてあるけれど、人がイメージする、いわゆる「フリーランス」とはちょっと違う感じで生きています。
そもそも、フリーランスと名乗っているのは、ただ単純に「一つの企業に属して安定してお給料をいただいている状態ではない」という”記号”として分かりやすいからなのかもしれない、と最近思うようになってきました。
*
初めましての方もいるかもしれないので現在のわたしの仕事はというと、
・在宅でできるライティング(一部取材あり)
・ちょっとした事務のアルバイト(これは来週で終わるけど)
・田端の立ち飲み屋”タバタバー”の店番(詳しくはこちらに)
・コンビニのアルバイト(彼の実家がコンビニなので)
…などなど。みんなが憧れる、華やかな「フリーランス」のイメージとは少し違うかもしれません。
一時は「やばい!自分には何も自信をもって提示できるスキルがない!」と焦っては、Wantedlyや日本仕事百貨などのサイトを眺めて、応募しまくる始末(この2つの求人メディアのビジョンが、自分の嗜好に合っていて、それはそれで楽しい)。
なんの経験もないのに突然、「わたし、Webデザイナーになる!」なんて言って、いろんな講座を受けようと調べたりもしました。
たぶん、ただ「職業名」が欲しかっただけ。誰にでも胸を張っていられる「何者」かになりたかったのだと、いまは思う。
周りの友人に「何をしているの?」といわれると明確に答えられない自分がいたり、「せっかくそこそこ大きな会社で8年も勤めたのに、結局コンビニ店員?」なんて思われているんじゃないかって自信を持てなかった自分がいたり。これまでの30年近い人生は、いったい何をして生きてきたんだろうか、と愕然とした時期もありました。
そんな自分を少し前に進めてくれたのは、やっぱり実家の母でした。
何者でもない自分、彼の実家のコンビニのアルバイト不足を手伝おうとしている自分…。そんな不安定な自分を移動中の車の中で打ち明けた時、母はわたしにこう言ってくれました。
「仕事の中身なんて、コンビニ店員も、でっかい会社の社長も、どれも大差ないとおもうけどなぁ。大切なのは、あなたに『この人と一緒にいたい、支えてあげたい』と思える人ができたこと。コンビニ店員だっていいじゃない、あんた接客好きそうだし」
不安でしょうがなかった自分に、母が「働くこと」の本当の意味を教えてくれた瞬間でした。(このとき車の中で気づかれないようにこっそり泣いたのは、内緒です)
それからは、前職の仕事やプライベートでの出来事など、自分の人生32年の棚おろし。改めて、これまでやってきて一番楽しかったこと、やりがいを感じたこと、手放しで「幸せだ」と思えたことをたくさん洗い出しました。
そこから導いた、わたしは「どう働きたいのか」ということ、それは
** 「誰かのために」**(=自分の文章の読み手、サービスの受け手、友人、恋人、家族)
** 「自分のキャラクターや個性を生かして」**(=人見知りしない、あんまり人に嫌われない、愛嬌がある)
** 「喜んでもらえるような仕事をすること」**(=価値を感じてお金を支払ってくれること)
でした。
このロジックに当てはまっていれば、たとえ八百屋さんだって、美容室の受付だって、これまで絶対に想像もしていなかった仕事だってやりたいと思うし、一生懸命頑張れると思う。
大切なのは、「どんな仕事をするか」ではなく、「どう仕事をするか」。
今もし、自分の「働き方」にもやもやしている人は、まず、自分が心から楽しいと思えたことの棚おろしをしてみてはどうでしょう。子供のころの思い出でもいいし、なぜかずっと続けていることでもいい。「なんでこんなに楽しいんだろう」ということを言語化できるまで、めちゃくちゃ考える。
その答えは、他人のブログには書いていないし、Twitterにも転がってはいない(ヒントはあると思う)。残念ながら自分で考えて答えを出すしか、特効薬はないのです。
*
当初想像していた「何者」かに、わたしはなれなかったけれど、こんないびつな「フリーランス」の形もありなのかな、と思うのです。