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蕎麦と、父

お蕎麦を食べていると、父を思い出す。

我が家では昔から、土日の昼間は父のお気に入りの蕎麦屋に行くことが習慣だった。

父は好きなものはとことん突きつめるタイプの人で、お蕎麦はその一つ。会社の昼休みは多分週3回はお蕎麦を食べているに違いない。

人から聞いた美味しいお店にはすぐ行って味を確かめ、それを私たちにも教えてくれる。そして気に入ったお店には、何度も通い続ける。

父は、わりと寡黙でおとなしい人だったから、あまり自分のことを積極的に話さない人なんだけれど、お蕎麦になると違った。

特に、つゆが美味しい蕎麦屋には目がなかった。どれだけ美味しいかをよく語ってくれた。

たまに旅行がてら、父方の祖母を連れ立って、家族みんなで故郷仙台のお隣の山形まで、わざわざ車で足を延ばしてお蕎麦を食べに行ったこともある。高速道路に揺られながら、大好きな祖父母の間にちょこんと座り、みんなでワイワイとにぎやかに話する道中もまた、私と蕎麦の思い出だ。

とはいえ、子どもの頃は、お蕎麦よりもうどんが好きだった私は、蕎麦屋に行っても、よくうどんを食べていた。どうしてもうどんがないお店のときは、お餅が乗った、力蕎麦を注文した。多分、もちもちした食感の方が子どもの頃は好きだったのだろう。

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寡黙でおとなしい父だったから、私はどちらかというと母とよくいた。母とは二人で出かけるけれど、幼いころから父とは二人きりの時間を過ごした思い出があまりない。緊張して何を話したらよいか分からなかったからだ。

そんな私も大人になり、結婚をした。三人姉妹のパートナーの中でも、唯一お酒の呑める夫のことを、父は特に気に入ってくれた。しかも会社員ではなく、自営業の夫のことは、どうやら気になる存在らしい。

夫のこと、フリーランスの私の仕事のこと。いろいろと話題が増えた今、実家に帰るとよく、私は父のそばにいるようになった。

二人で近所のお寺に油揚げを買いに行ったり、家の買い出しに付き合ったりする。

そして決まってそのあとは、二人でお蕎麦を食べる。

つゆの味、麺の美味さ、天ぷらの揚げ具合。舌が肥えてきた今、「蕎麦」という、共通の話題がまたひとつ増えた。

土曜日の今日、私は夫と一緒に近所の行きつけの蕎麦屋に二人で行った。

多分父も母を連れ立って、最近見つけた蕎麦屋に行き、どんなに美味しいかを語っていることだろう。そしてきっと、つゆを最後まで飲み干している。

私と父をつなぐもの。それはたぶん、一杯のお蕎麦で十分なのかもしれない。


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櫻井朝子
ホステルやゲストハウスなどの「地域コミュニティ」を創っている方々に会いに行って、勉強させてもらい、タバタバーに持ち帰ります!